背中
零は被害を出さないよう、必死で現場付近を走り回り、人々の救出と避難誘導…そして分離した脳無の処理を済ませ、ようやく足を止めた。
刀を無造作に地に刺し、体重を預けて少しでも体を休ませる体勢をとる。
身体中の感覚がほとんど無い。
腕ももうさほど上がらない。
どれくらい体内の血を吐き出したかさえ分からない。
でもーー
ーーまだ、終わってない。
上空から、強い攻撃がぶつかり合う衝撃波がここまで届く。
エンデヴァーもホークスもまだ戦ってる。
『ーーうっ、…ゴホッ、ゴホッ、』
「「だ、大丈夫ですか?!」」
『大丈夫です…少しむせただけですから。』
体内を逆流してくる血液に咳込むと、近くにいた地元のヒーロー達が駆け付けた。
ホークスから聞かされた脳無の居場所へと向かい交戦している最中、二人が自分を探している様子でその場へと現れた。
彼らの話によると、どうやらホークスがエンデヴァーの元へ行く際に見かけたヒーロー達に自分の援護に回るよう、声をかけていたらしい。
少しだけ呼吸を整えた後、大きく深呼吸をして再び背筋を伸ばした。
『…あれは、』
再び上空を見上げると、ボロボロになったエンデヴァーの背中の炎に微かに見える羽の形。
ホークスのよく通る彼の名を呼ぶ声。
エンデヴァーは脳無に重い一撃を食らわせ後、奴を連れて上へ上へと上がっていった。
『なるほど…被害を最小限に抑えて上へ…“あの技”を使うんですね。』
エンデヴァーのいくつもある技の中で最も火力が高く、最も彼の体に負担がかかる技。
あれを直接お目にかかれる事は早々ないが、彼がその技を使うと決めたという事は、今回の相手はよほどNo.1ヒーローまでもを追い詰めた強敵だったという事だ。
零は刀を鞘に納め、少しだけ回復した体を再び動かし出した。
「ちょ、どこ行くんですか!そんな体で!」
『脳無達の処理は任せました!私は最悪の事態を考慮して二人の応戦できる場所へ移動します!』
「ちょ、ちょっと!!!」
引き留めようとするヒーロー達の声を後に振り返りもせず、上空を見上げながら走り出す。
彼らの元へ到着している頃には、もしかしたらもう闘いは終わっているかもしれない。
それでも零は、彼らの元へと向かう事をやめられなかった。
そして足を動かしたまま、誰にも聞こえない独り言を零した。
『…なんだ、この胸騒ぎ…』
脳無は十中八九エンデヴァーの手により制圧できると確信はしている。
しかしなぜだか、この戦いがまだ終わりを告げるようにはとてもではないが思えなかった。
“…零。正直まさかここに連れてこられるのは予想外だったが、今回だけは…”
ホークスが最初に零した言葉が頭の中をよぎる。
今回この九州にエンデヴァーを招いた理由は、少なくとも彼のその一言で真っ当なものでは無いということを悟った。
今この自体を招き、エンデヴァーと奴を闘わせるように仕向けたのは、他でもなくホークスが関係しているということなのも分かる。
しかし最も理解出来ぬことが一つだけあった。
それは彼が、突然やってきた脳無を目の当たりにした時、余りにも動揺していたからだ。
恐らく今回エンデヴァーをここに連れてきて何かをしようと企んでいたが、途中から彼の知らないシナリオへと書き換えられていたと考えた方が利口だろう。
『…ホークス、あなたは一体何をしようとしているの…、』
不安と心配のあまり、弱々しい声が漏れる。
彼は優しい。
きっと今回の任務をついてくれたのは、少なからず自分の負担を少しでも減らそうとしてくれた彼なりの配慮もあったのだと思う。
だからこそ、手の届く場所にいる時は支えたい。
ホークスはきっとーー、
そう考えた矢先、前方に嫌な気配を感じた。
『…あれ、は…』
前方に周囲を覆うような青い炎。
エンデヴァーとはまた違う、冷たさと殺気を纏ったものだった。
ーーまさか。
額から一滴の汗が流れ落ちる。この妙な胸騒ぎは、どうやらただの勘違いで収まってはくれなかったようだ。
ホークスとエンデヴァーは、先ほどの脳無との交戦で残り体力も少ない。
今彼らを助けられるとしたら、自分以外の他はない。
しかしいくら笠をかぶっているとはいえ、この姿をくらませられるのはせいぜい地元のヒーロー程度。
万が一彼らを襲っているのが敵連合の誰かだとしたら、そう迂闊に近づいていい相手ではない。
ーーどうする、どうする?!
鼓動が早まり、焦りが募る。
必死に何かいい手はないかと周囲を見渡せば、避難誘導がかけられてがら空きになった商店街が目についた。
零はできるだけ今の容姿を悟られないようになるものをいち早く探すために、再び足を動かしたのだった。