背中
緑谷出久は、たまたまつけたテレビに映った光景に、ゴクリと音を立てて息を飲んだ。
ボロボロに崩壊した街の建物。緊迫感漂う現場中継の声。
突然襲ってきた恐ろしい現実に怯え、パニック状態に陥っている市民たちの声。
そして、画面に映る小さなエンデヴァーの姿。
「これっ……、」
「親父……?!」
テレビの音を聞いて近づいてきた轟が、震えた声でそう呟いた。
するとそれとほぼ同時のタイミングで、この場に相澤が現れ、血相を変えた様子で口を開いた。
「轟ッ!ーー……もう見てたか……!」
「あ、相澤先生ッ!」
緑谷はいてもたってもいられなくなり、慌ててソファから立ち上がって彼の名を呼んだ。
確かに今朝、、相澤はこう言ったはずだ。
“零は今日、先日のビルボードチャートJPで見事No.1の座に着いたエンデヴァーに、半ば拉致されて遠征に行っている。”
「零さんは……、」
声が上手く出せない。突然突きつけられた現実に、まだ頭が追いついていない感じだった。
自分が零した一人の名に、その場にいた皆の表情が強張ったのが分かる。
相澤はぐっと静かに拳を握りしめ、少し間を開けてからその問いに答えた。
「何度か連絡してみたが、出る気配が全くない。恐らくアイツも“そこ”にいる…」
「「えっ、?!」」
「零が…?!」
轟は更に顔を青ざめた。
父親だけでなく、彼にとって大切で無二な存在である零までもとなると、さすがに冷静さを失っている様子だった。
「零さん…」
緑谷は静かな彼女の名を呼び、ぐっと強く拳を握りしめる。
零の強さは、この場にいる誰もが知っている。もちろん、簡単にやられるようなヒーローではないという事も。
しかし、あのNo.1ヒーローとなったエンデヴァーがここまで苦戦している光景を見てしまうと、嫌でも零が負傷している様子を想像してしまうのだ。
「…アイツは、大丈夫だ。それにエンデヴァーさんが約束してくれた。“必ず返す”と。」
「相澤先生……」
彼のその小さな声が、確信ではなく願望であることは言うまでもなかった。
騒然とする空気。不安と心配が募り、誰もが口を閉ざす。その空気をぶち壊したのは、たった一人の声だった。
「ふざけてんじゃねぇぞテメェらッ!何縁起でもねぇ辛気臭ぇ面してやがんだッ!アイツがたった一人の敵にやられるわきゃねぇだろッ!」
爆豪の怒涛の声に、誰もが言葉を失った。
相澤はその言葉を聞き、ふっと頬の力を緩めた。
「…アイツなら大丈夫だ。そう信じてやってくれ。」
そう零した彼の言葉に、全員がそうであって欲しいと心の中で切に願いながら、再びテレビに視線を移したのだった。