背中


※※※

相澤消太は零のいない休日に退屈を感じながら、たまたまテレビに目がついて電源を入れた。
すると九州地区で突然起きた事件の中継映像が流れ始め、あまりにもの衝撃に手にしていたリモコンを落とした。

「なっ……、」

状況を伝えるためにコロコロと移り変わる風景に、得体の知れないヴィランと闘っているエンデヴァーの姿が映っている。
まさかとは思いながらも、慌ててテーブルの上に置いたスマホを手に取り、零に電話をかける。
しかし何度かけても一向に繋がらない状況に、更なる焦りと恐怖心を抱いた。

「クソッ、無事なんだろうな……!」

答えが分かるはずもない独り言を漏らし、スマホを捨て置いた。
乱雑にテーブルの上へと置かれたスマホの画面は、今しがた何度も連絡を取ろうとした彼女の名前が表記された、発着信履歴を示していた。


今朝方、確かに零のスマホから連絡があった。
寝ぼけたまま電話を取れば、その受話器の向こうから聞こえてくるのは確かにエンデヴァーの低い声で。
寝覚めの一発にあの声を聞かされたことに、酷く嫌な気分になったものだ。

相澤は電話で話した時のことをもう一度思い出したーーー



ーーー「俺だ。轟…いや、エンデヴァーだ。」

てっきり零からの電話だと思っていたのに、受話を開始するなり聞こえてきた第一声がそれだった。
相澤はまだ自分が寝ぼけているのかと疑いつつ、さも当然かのように名乗る彼に、恐る恐る尋ねた。

「あの、なんで零の携帯からあなたの声が…」

「本人は今乗り物によって伸びててな…代わりに連絡をささてもらった。」

「乗り物?どこかへお出かけになられるんですか?」

「あぁ、九州地区へ少し用があってな。コイツを数日貸してくれ。…なに、悪いようにはせん。用が済めばちゃんとそちらには返させてもらう。」

「……はぁ。」

もはや意味のわからない理屈に、力のない声が漏れた。

零は遠出する事を酷く嫌っている。
今彼が言ったように、単純に山育ちのせいで慣れない公共交通機関に滅法弱いからだ。

昔任務で関西へ飛ばされる羽目になった時も、どうしても新幹線は嫌だとタダを捏ね、早めに東京を出てバイクに乗って自力で移動したと話していたほどだ。

加えて今の環境上、零は本業が入った場合は必ず俺に連絡をしてから行動に出るようにしている。
通話をしたままSNSを確認してみたが、“少し頼みたいことがある、とエンデヴァーに急遽空港に来るように言われたので、少し行ってきます”というメッセージが入っていただけだった。

そうなると、零は何も聞かされないままエンデヴァーの元へ行き、突然九州へついて来いと告げられ、反対したも彼の強引な誘いに押し負けたのか、或いはそのまま彼に担がれるように飛行機に乗せられたかのどちらかの可能性が高い。

零の口から以前、エンデヴァーとは時折連絡を取るほどの仲だと聞かされたことはあるが、まさか半ば拉致される程までとは思ってもみなかった。

「貸す、というか…根本的に零はうちで警備を務めてはいますが、本業が入ればそちらを優先するような条件が与えられていますので。エンデヴァーさんが零を必要としているのなら、うちも断る権利はありませんよ。」

本音からすれば“今すぐ返せ!”とでも言ってやりたい所ではあるが、仕事が絡むとそうも言えない。
当たり障りのない言い方で彼にそう返すと、エンデヴァーは“それは良かった”と安堵の息を漏らした。

「……でも、なんで零なんですか?」

一番の疑問はそこだった。
エンデヴァーのような偉大なヒーローならば、遠征に付き添いたいと志願するようなヒーローは山ほどいるはずだ。
しかし彼は、零を選んだ。
保護者兼雄英高校で彼女の身を預かる代表として、その理由を知るくらいの権利はあるはずだ。

しかし、彼は多くを語らなかった。

「…No.1に相応しいヒーローになるために、今の俺にはコイツが必要なんだ。」

初めて聞く弱々しいエンデヴァーの声に、相澤は言葉を詰まらせた。
零は本当に不思議な奴で、コミニュケーション能力もさほど高くないし、まだまだ世の中を知らないことばかりだ。
それでも過去にいろいろな事を経験し、色々なものを背負っているからこそ、普通とは少し違う視点をもっているし、考え方も違う。
きっとエンデヴァーにとって、以前話した時の零の言葉があまりにも心に響くものだったのだろう。
そういう経験は自分も何度かしていたので、妙に納得がいった。

「…わかりました。校長には俺から伝えておきます。ただ、くれぐれも無茶なことにだけは巻き込まないで下さいよ。今じゃ零に何かあると、彼女を知る生徒達まで尋常じゃない程の心配をするので…」

「あぁ、分かった。まぁそれには心配及ばん。零はただ、“ついて行くだけ”だからな。」

彼はそう言って、静かに電話を切ったーー

テレビ中継に再び視線を戻す。
かなり遠い距離からではあるが、負傷しているエンデヴァーの姿が映り込んだ。

「…頼みますよ。俺はもう、誰も失いたくないんです…ッ!」

相澤はそんな弱々しい言葉を吐き捨てて、自室を飛び出して轟のいるハイツアライアンスへ駆け出したのだった。


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