背中


ホークスは脳無本体をエンデヴァーに再び託し、奴から分散した色の違う脳無を撃退する為に、全速力で降下した。

一番手前にいた脳無が逃げ遅れた人に襲いかかろうとしている光景を目の当たりにし、急いで羽根を両手に握りしめ、攻撃を仕掛ける。そして羽根を飛ばし、市民を出来るだけ遠くへ飛ばしながら、口を開いた。

「ほっ、ホークス!!」

「はぁい、見えなくなるくらい下がってて下さい。…何を隠そう、パワー推しには割と無力なんで。」

ーー俺の背中やったら、安心させられん。

しかし自覚しているとはいえ、今しがた一撃を与えたはずの脳無が倒れた体を起こし始める光景は、少々顔を引き攣らせた。

「…ホント、嫌になるねぇ“脳無”ってのは。」

再び動き出した脳無を前に、羽根を持ち直し手のひらに力を込め、腰を低くする。
そしてもう一度向かってくる奴らに攻撃を放とうとしたその瞬間。

凄まじいスピードで何かがこっちへ向かってくるのを察知し、驚くあまりに動きを止めた。

一瞬の瞬きをする間もなく、零が後方から距離を詰め、太刀筋すら見えないほどの速さで二体の脳無に一太刀ずつ浴びせる。
脳無は身体を起こしきる前に再びその場へと崩れ落ち、今しがた負った深い傷により再起不能となった。

『チッ、次から次へと…一体何体生み出しやがった。』

零のあまりにも華麗な動きと速さ、そして強さに思わず見とれていたホークスは、聞き慣れない零の低く荒い口調を耳にし、ようやくハッと我に返る。

そして腰に差した鞘に刀をしまう零をまじまじと見つめては、衝撃を抱いた。

「…零、その血、」

薄桜色の着物は先程までとは違い、なぜか赤い血があちこちに付着している。
零の額や腕も、体の至る所に傷を負っているのが分かると、ホークスは彼女にここまでさせてしまっている自分の情けなさに、ぎゅっと強く拳を握りしめた。

『大丈夫ですよ。ほとんど大したことは無い傷ばかりです。…それよりホークス。その“剛翼”で、他に分散した脳無の居場所、特定できますか?』

「ん?…あぁ、まぁできなくはないが。」

『なら、急いで飛ばして教えてください。この脳無、大して強くはありませんが、連中のような強いヴィランとあまり交戦をしたことのないヒーローでは、正直いって相手が務まりません。早いところ、こちらで対処しなければ…』

「……ッ、なら俺も行く。」

どう見ても、零の体はボロボロのようにしか見えなかった。
普段どれだけ過激な運動やトレーニングをしても、息一つ乱すことの無い彼女が肩で息をする姿は、余りにもその身体の状態を物語っていた。

だからこそ、これ以上戦わせてはいけないと思った。
しかし、彼女から返された言葉は“拒絶”に値するものだった。

『……ダメです。何言ってるんですか、私の援護ならいりませんよ。』

「いやでも……!」

『私には空を飛ぶ術がない。だからエンデヴァーの加勢はどう頑張ってもできないんです…。でもホークス、あなたのその“剛翼”なら、あの人の背中を押してやれる…そもそもエンデヴァーをここへ呼んだのは、そういうのが目的だったんじゃないんですか?』

「…ッ、」

彼女に返す言葉もなかった。
はっきりと言い当てられたわけではないのに、彼女の今の口ぶりだと自分がどういう意図でこの場にいるか、まるで全てを悟られているようだ。

『…行ってください、ホークス。私ならまだ大丈夫。今一番大切なのは、こんなくだらない場で死者を出さず、勝利を得る事です。こうしてせっかく当事者としてここにいるんですから、せめて私にも…お役目を下さい。』

そう言いながら、零は弱々しく笑みを浮かべた。

ホークスはぎゅっと強く拳を握りしめ、彼女の意思を尊重し、その場を発つ事を決意する。
紅色の大きな翼を広げ、地から足を浮かせる。
そして大まかな脳無の位置を掴んだ情報を彼女に伝えた後、消えそうな小さな声でこう言い残した。

「…悪い、頼む。」

その言葉を聞いた彼女がどういう表情を浮かべたかを見るまでもなく、くるりと体の方向を変えてエンデヴァーの元へ向かう。

そしてホークスは、道中すれ違うヒーロー達を見かけては彼女のサポートに回るように指示したのだった。




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