背中


ビルの破損被害があった場所から人々を救出した後、零はエンデヴァーと先に加勢に向かったホークスの様子を確認するため、屋外へと飛び出した。

地上では既に街中から悲鳴や叫び声が聞こえ、パニック状態へと成り果てていた。
正直、他のプロヒーローが日々こなしている救助活動や避難誘導はあまり経験もなく、自信もない。
それでも今は、この街の人々を救い、突然やってきた脳無を倒そうとしているエンデヴァーをサポートするために、ここに立っている。

自信が無い、経験がない?
そんなことを言ってる暇があったら1人でも多くの人をこの場から遠ざけろ!

自分にそう言い聞かせ、再び足を動かした。

すると突然、大きな地鳴りと爆発音とともに、近くにあった高層ビルの上部が粉々に砕け飛んだ。

『…っ、エンデヴァー……!まだ避難誘導仕切れてないのに、無茶をする!』

そんな悪態をついたと同時に、彼がヘルスバイダーという必殺技を打たなければならないほど、相手が強敵だということを悟った。

『ここから離れて下さいっ!早く!』

頭上からパラパラと落ちてくる瓦礫に注意しながらも、目の前で崩壊していくビルを唖然と見つめている人々にそう呼びかけた。

一瞬だけ上空を見上げれば、速度を増して落下してくるはずの瓦礫が突然方向を変えて飛んでいくのが目に付いた。

『…ホークスか。相変わらず速い対処だな。』

背中にある“剛翼”を飛ばし、少しでも下にいる市民たちに被害が及ばないよう、できる限り大きなものから救うように拾い上げていく。
ただそれでも、彼の羽根だけでは限界がある。
ホークスが拾い損ねた瓦礫だけに意識を集中しながら、被害が出るようなものは刀で斬り刻み、間に合わない場合は一瞬だけ“防御結界”を発動して、事故を食い止めた。

『……ッ、』

走り続けていた足が重さを増す。
動きに対して圧倒的に負担がかかっている肺の乱れ。
なれない人命救助とはいえ、今までに数え切れないほどの結界を張り続けているこの状況に、早くも身体への反動が現れ始めていた。

『バカッ、今くたばったらシャレになんないだろ!しっかりしろッ!』

自分の体だと言うのに、まるで他人の事のようにそう言い聞かせた。
普段の任務において、個性を発動させることはそう多くはない。
基本的には一人で動き、極力戦闘を避けるのが隠密活動の基本であり、守ることよりも任務遂行に専念するからだ。
だから今まで、個性を使って体に負担がかかることはそう経験したことは無かった。

しかし現状、絶望と隣り合わせにあるこの状況を見せつけられた市民たちは、足がすくみ動けない人達が何人もいる。

ーー手が間に合わないのなら、防御壁を張って凌ぐしかない。
今自分に出来ることはそれしかないのだと言い聞かせて、ただ只管に避難を呼びかけた。

だが、人々を恐怖へと陥れる悪夢はそれだけでは済まなかった。

『なっ、脳…無……?!』

突然空から舞い落ちてきたのは、今しがたエンデヴァーが交戦していた黒の脳無とはまた別の色の脳無だった。


まるでトカゲのように建物の壁を両手足で伝い、地へと降りて人間の姿を捉える。

『クソッ……!』

早くも最悪な事態へと振り出しへと戻ってしまったこの事態に大きく舌打ちをしながらも、刀を握り直し、素早く奴らの身体に一太刀を浴びせた。

キェェッと奇妙な声を上げてすぐさまその場に崩れ落ちる脳無を見て、違和感を感じた。

『……弱い。人を襲うためにわざわざ生み出したってことか。胸糞悪いな…』

密かに不愉快な感情を抱きつつ、刀をしまう。
すると近くにいた地元のヒーローたちがその場に駆けつけ、慌てて声を上げた。

「た、助かったよ!あんた見たことないけど、この辺のヒーロー?」

「今の見てたけど…いや、正確には速すぎて太刀筋全然見えんかったけど、凄かった!強いんスね!」

『私はエンデヴァーのサイドキックです。早くコイツらを連れて捕捉してください。それからできるだけ早く、被害区域を拡大して、人々の避難誘導を!』

「「はっ、はいッ!!」」

性別を悟られぬよう、少し声を低くして彼らにそう告げると、咄嗟に嘘をついた“エンデヴァーのサイドキック”という地位に驚いたのか、背筋をピンと伸ばして敬礼までしてきた。

その姿があまりにも不憫で少しばかり胸を痛めたが、エンデヴァーのサイドキックは元々国民が把握しきれないほど多いし、ここは地元でもない。
早々この嘘がバレるわけでもないだろう。

ひとまず今はそういう事にしておいて、上手くたち回る他に手ははい。

零は微かに胸を痛める自分に心の中でそう言い聞かせては、この場を彼らに託し、再び足を動かしたのだった。



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