背中


ビル内の飲食店に入った三人は、個室の席へと案内してもらい着座した。
エンデヴァーは着いて早々トイレに行くと言って席を立ち、ようやく零と二人きりになったホークスは、ここぞとばかりに彼女に小声で詰め寄った。

「まさか先日の一件からこんなにも早く再会できるとはねぇ。…で、どういう経緯で零がここにいるんだ?危うくエンデヴァーさんの前でうっかり普通に喋りそうになっちゃったんですけど、俺。」

『経緯も何も、今日早朝に急遽空港に呼び出されたと思ったら、説明も何も無く担がれて強引に飛行機へ乗せられたんですよ…。あと、その節は大変お世話になり、ありがとうございました。』

あぁ、やはり今回はこの子が一番の被害者だ。
そう心の中で呟きつつ、恥ずかしそうに礼を零す零に、自然と頬が緩んだ。
どうやらこの様子だと、あれから“消太さん”とは上手くいったようだ。

「まぁ連れられてきた以上は仕方ない…。何にせよ、咄嗟に気ぃ遣って最初に初対面を演じてくれたのには助かったよ。」

『いや、露骨に顔に出てましたよ。俺と繋がりがあるって悟らせるな、って。ホント毎度毎度、無茶を言う。』

勘のいい彼女に感謝する気持ちはあるとはいえ、じろっと白い目を向けて見つめる零の迫力に、思わず ははっと乾いた笑みを浮かべた。

そして同時に、今回の任務に極力巻き込まないようにしていた零をこんな形で首を突っ込ませてしまったことに、密かに焦りを感じていた。
言い難いが、彼女にはちゃんと釘を指しておかなければならない。
重い口をゆっくり開け、ホークスは彼女の名を呼んだ。

「…零。正直まさかここに連れてこられるのは予想外だったが、今回だけは…」

『…大丈夫…わかってますよ、ホークス。』

「……っ、」

突然遮るように放たれた零の切ない声。
目線を下げた金色の瞳には、どこまで察しているのだろう。

零は賢く、察しもいい。
きっとなぜこの場にエンデヴァーを連れてきたのかも。なぜ彼女がここに居ることがまずい状況なのかということも、大方理解しているのだろう。

「……悪いな、零。」

『いえ…謝らなければならないのは私の方なんですよ、ホークス。』

彼女の悲しげな瞳が、ホークスを捉えた。
何を思い詰めているかすら分からないその顔に一瞬目を奪われ、反応に遅れた。

「……っ、それってどういう、」

「待たせたな。」

身を乗り出して彼女に尋ねようとした瞬間、何ともタイミングが悪く襖が勢いよく開き、仁王立ちしているエンデヴァーと目が合った。

そしてそれとほぼ同時に、彼の目元を舞う炎の威力が増し、ギロりと鋭い視線を向けられる。

ホークスは彼の怪訝そうな顔の原因を察するために、もう一度自分の体勢を見つめ直してみた。
自身の両手は彼女の肩に乗せられ、零を半ば強引に自身の方へと向けている体勢だ。
これではまるで、はたから見たら彼女に言い寄っているようにさえ捉えられてもおかしくはない。

ーーあぁ、だからエンデヴァーはあんな露骨に血相を変えて怒ってるわけね。
……にしても、少し可愛がりすぎなんじゃないんですかねぇ。

ホークスはエンデヴァーの心境を察して彼女からぱっと手を離し、苦笑いを浮かべながら“おかえりなさい”と彼を迎えた。

「…貴様、零に何をしていた。」

「やだなぁ、まだ何もしてませんよ。零さんと少しお近付きになりたかっただけですって。」

「……“まだ”?!…まさか、零をそんな目で見ているのか?!」

「み、見てませんって!まぁ確かにこんな綺麗で素敵な女性に言い寄りたくなる気持ちがなくはないですけど…単純に仲良くして欲しいって話をしてただけです。ねぇ、零さん?」

口を開けば開くほど、徐々に顔が険しくなっていくエンデヴァーに焦りを抱きつつ、彼女に助け舟を求めた。
しかし零は、口には出さずとも“何を言ってるんだ、お前は。”と言いたげな雰囲気を露骨に出している。
そして今度はぐっとエンデヴァーに距離を詰められ、彼はこう言った。

「零はダメだ。うちの焦凍がいずれ貰う。」

「…は?焦凍くん?」

『エンデヴァー、何訳の分からない話をしてるんですか。焦凍とはそんな関係じゃありません。』

「まだ分からないだろう。第一コイツはダメだ。何を考えてるかも分からん脳天気な奴は、お前には合わん。」

「えぇ…?!また酷い言われようですね。零さん、慰めてください。」

二人に挟まれるような立ち位置になった零は、俯いた状態でワナワナと拳を握りしめ始めた。
エンデヴァーとホークスはようやくその雰囲気のまずさに気づいては、「あ、」と素の声を漏らす。

しかしその時にはもう既に遅く、顔を上げた零の満面の笑みは、恐ろしいほどにさっきを纏っていた。

『せっかく九州まで足を運んだのに、まさかそんなくだらない話をしにきたわけじゃないでしょう?さっさと本題に入ってください。』

「「あ、…あぁ。」」

向けられた彼女の笑顔にゾッと背筋が凍りつく。
大のヒーローである男ふたりは、そんな彼女に怯えつつも静かに着座し、気まずい中で本題の話を始めたのだった。


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