背中


ホークスは、先日行われたビルボードチャートJPで九州に応援を要請したエンデヴァーを迎えに、駅まで足を運んでいた。

半ば強引…というか無理やりここに招くよう仕向けたわけだが。
果たして上手くいくのだろうか、という不安がないわけではない。
しかし失敗も許されない。
改めて事の重要さを認識するも、幼い頃から背中を見続けた彼とこうしてチームアップをとることに、密かに楽しみさえ抱いていた。

待機して数分後。早くもユラユラと炎を揺らず大きな身体を目にする。
キッチリ時間を守ってくるあたりはさすがだな…と感心しては、徐々に近づいてくる彼の姿に違和感を抱き、首を傾げた。

「…ん?待たせたか?」

「いえいえ、時間ピッタリですよ…さすがです。。……っていうか、何です?それ…」

荷物のように背負っているものを指さすと、彼は「あぁ…」と零したあと、背後に担いでいたものを手前へ移動させた。

「えっ……、」

思わず零してしまった声は、なんとも情けないものだった。
いやむしろ、咄嗟に名前を口ずさまなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。
彼に抱えられていた“それ”は、先日偶然にも遭遇し、昔の頃とは別人のように見違えるほど変化を遂げた、零なのだから。

「今回急遽俺に付き添わせたヒーローだ。構わんだろう?」

「え、あ、いやぁ、そりゃ構いませんけど…」

状況が状況だけに、彼の突発的な行動には酷く動揺させられた。
朧と顔見知りだということは、立場上今知られたらまずいことになる。
以前零と話した時に、エンデヴァーとは一応よく仕事やプライベートでもやり取りすることがある、と彼女から話は聞いていたが、まさかこの場にまで連れてくるほどのものとは思わなかった。

それはともかく、今は彼女の方だ。どういう訳か、エンデヴァーに担がれた零は目を回し、意識がない。
同情の目を向けつつ、「一体道中に何があったんだ?」と心の中で彼女に投げかけては、ひとまず彼女との関係性が悟られぬよう、慎重に口を開いた。

「この方…酷く顔色悪そうですけど、道中なにかあったんですか?」

「…あぁ。コイツは公共交通機関にどうも弱いらしくてな。道中の乗り物で伸びているだけだ。まぁ今はこんなんだが、いざと言う時は頼りになる。」

えぇ、知ってますとも。
とは素直に言えず、この状況でどう彼女について聞こうか思考を凝らした。

「…そうですか。…いやぁ珍しいですね。エンデヴァーさんが女性の方を付き添いにされるなんて…。もしかして、愛人とか?」

「そんなわけないだろう!こいつは未来の俺の娘になるかもしれん奴だ。第一、こいつはまだ未成年だ!」

未来の娘?!なんだそりゃ…。
ムッと唇を尖らせるエンデヴァーのよく分からない思考に呆れつつも、彼女を初めてお目にかかる設定で、いろいろと尋ねてみた。

「…へぇ、そうなんですか。でもここに連れてこられるってことは、プロヒーローなんですよね?エンデヴァーさんの新しいサイドキックですか?」

「いや、こいつは貴様と同じくで個人事業者のようなものだ。少々訳があってメディアを避けているからな…ほとんどの奴が存在を知らん。
…っていうか零。いつまで伸びてる。もう地上に着いたんだ。そろそろ起きろ。」

彼女が青ざめた顔をしているというのに、エンデヴァーは容赦なく頬を何度か軽く叩いて無理やり目を覚まさせた。

すると全く反応のなかった零が、むくりと身体を起こしてはハッと我に返り、エンデヴァーの掴む手を振りほどいて第一声で文句を吐いた。

『エンデヴァー、話が全然違うじゃないですか!!何が“少し頼みたい事がある”ですか!頼むどころかこれは立派な拉致ですよ?!拉致!!今の仕事クビになっちゃったらどーするんですか!』

「安心しろ。お前の保護者にはもう連絡済みで、了承ももらってる。もし万が一何か言われた場合は俺が掛け合ってやるさ。…まぁいっその事、俺の事務所にきてもらっても構わんがな。」

『ほ、保護者に連絡?!…人が伸びてる間に何て勝手な事を…。計らいましたね、エンデヴァー。』

「むっ?!そ、そんなに怒るな…わ、悪かった。」

じろりと鋭い目を彼に向ける零。それに怯むエンデヴァー。
こうして二人のやり取りは初めて見るが、彼ががここまで動じているのもまた、珍しい光景だ。
どういうわけか、零に滅法弱いらしい。
フン!と顔を背けた零に、エンデヴァーは必死に機嫌をとろうとアタフタする。
それはまるで娘の機嫌を損ねた父のようで、何だか少し可愛らしくも見えた。

「あー…いや、お取り込み中のところすいません…。どうやら事情どころか行き先すら、エンデヴァーさんから聞かれてなかったみたいですね。ここは九州。博多へようこそ、零さん。」

なんとか隙を見て会話に割って入り、彼女の目をこちらへと向けさせる。
すると零も先程と同じように自分の姿を見ては、さっと血の気が引いて更に青ざめていく様子を見せた。
どうやら今自分が置かれている状況を、大方把握したらしい。

ーしかし、この状況でどうでる?

ホークスは目を合わせた零がどう立ち回るのかを、密かに胸を高鳴らせた。

『あっ、えっ、ごめんなさい。見苦しい姿をお見せして、大変失礼致しました。
初めまして。零と申します。
あの、ホークスさんですよね?テレビやネットでよく、あなたの活動を拝見させていただいてます。まさか本物にお会い出来るなんて…エンデヴァーに無理やり連れてこられたとはいえ、お会いできて光栄です。』

「ぐっ……、」

「いやぁ、恐縮です。こちらこそ、初めまして。」

あたりの強いエンデヴァーに向けての言葉に、彼は顔を引き攣らせる。
思わず「ははっ」と笑い声を出しては、彼女が差し出した手を握り返した。

なんと迅速で的確な対応なのだろう。
関係性を悟られないよう、馴染み深いエンデヴァーの前でも平然と違和感なく初対面を装い、さも客観的にはこちらの存在を知っているかのような理由付けと、それに準ずる迫真の演技だ。
彼女の個性が今現在発動しているかは別として、密かに声に出さずに礼を述べた。

「んじゃま、早速行きましょうか。」

「…あぁ。」

『よろしくお願いします。』

隣にいるエンデヴァーは、少し機嫌が直った零を見てほっと胸を撫で下ろす。
そんな様子がどうにも新鮮で珍しく、ホークスは声を押し殺して笑っては、二人を連れて歩き始めた。



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