あれから数時間後。
ホークスは適当に時間を潰してホテルに戻った。
そんな丁度のタイミングで、今日連絡先を交換したばかりの零から連絡が入った。

「やぁ。朧の方から電話くれるなんて、嬉しいなぁ。今更ながら俺の魅力にでも気づいた?」

ニタリと笑って冗談を言えば、受話器越しでもじわじわと怒りのボルテージが上がっていく彼女の気配を感じた。

『ふざけないでください!なんであんな無茶苦茶なやり方するんですか!ホントに落ちたら洒落になんないですよ!?』

「はは。珍しく怒ってる…。滅多に怒らない零ちゃんが怒るってことは、俺にもまだ惚れてくれる可能性はあるってこと?」

『…斬りますよ。』

「あー、はいすいません。もうやめます。」

このまま冗談を言い続ければ、間違いなく次会った時に痛めつけられそうだ。
潔く謝って数秒後、彼女がクスクスと笑い声をたてた。
声を聞いているだけでも、やはり零が“朧”だとは信じられないほど物腰の柔らかい雰囲気だった。

ここまで彼女を変えたのがあのイレイザーヘッドだと思うと、彼に尊敬と敬服すら抱く。

『…ホークス。素敵な洋服も含めて、今日は本当にありがとうございました。たぶんもう知ってると思いますが、あれからちゃんと消太さんと仲直りして、無事帰りました。』

「…良かったな。」

“たぶんもう知ってると思いますが”、か。
どうやら既に彼女には自分が計らいを立てた手のうちがバレているらしい。
こりゃ零に隠し事なんて到底出来そうにないな、と密かに心に誓った。

『そのお礼が言いたくて…こんな時間に電話してすみませんでした。』

律儀なもんだ。実際お節介は焼いたがさほど大した事はしていないし、むしろ偶然に再会した事はこちらとしても都合が良かった。

情けない話、時折今ついている任務にどこか心が揺れている気がしていたのだ。

その今の自分の立場を幼い頃から成し遂げてきた零は、もはや特別な存在だった。

なぜこのような不安と苦痛がありふれた環境で、零はこうも純粋で真っ直ぐでいられるのだろう、と。

同時に、零が常に何に目を向けているのか。なぜそんな強い心を保っていられるのか、興味があったのだ。

そんな本心を誤魔化すかのように、さっき釘を刺されたばかりにも関わらず再び茶化した。

「そんな事でわざわざら電話してくれたわけ?大事にされてるなぁ、俺。」

『…そうですね。ホークスは、私にとってとても大切な存在ではありますよ。』

「……っ、」

ーーおいおい。
冗談で言ったはずの言葉をこうも真剣に返されてしまうと、発信元の俺が恥ずかしくなるだろうが。

しかし零はそんなこちらの心境を他所に、穏やかな口調で続けた。

『…あなたが今何をしようとしているのか。何に思い詰めているのか。どれもこれも、ハッキリとしたことは分かりません。でも、私はあなたのやり遂げる姿を見ています。そしてまた、平和な日がやってきた時…もう一度、私を空のデートに連れていってください。』

優しい声。包み込むような包容力。
いつの間に彼女はこんなにも、より強くなったのだろう。

そして今までの誰よりも、何よりも最も心に響く言葉だった。

「……そうだな。全部が終わった時は、お互い気楽に生きようや。」


『……えぇ。そんな甘い未来が来ることを私も期待しています。』

適わない。彼女からもらう一つ一つの言葉の重みのある想いに、返す言葉がなかった。

そして彼女は静かに“おやすみなさい。”と告げて電話を切った。

しばらく零がくれた言葉が何度も頭の中で繰り返しては、どうにもならない感情が込み上げて大きく肩で息を吐いた。

「……はぁ。何が“朧”だよ。」

あれはもう“朧”なんかじゃない。
まるで深く染み込んだ闇を照らす、“月”のような存在だ。

「零をヒーロー名“朧”で通した奴、見る目がないねぇ…」

そんな悪態を吐きながら、ホテルの窓から見える月をぼんやり眺めたのだった。

そしてもうしばらく会わないだろうと思っていた彼女と、思わぬ短期間で再会することなど、この時はまだ知る由もなかった。


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