相澤の隣を並んで歩く会話のない帰り道。
零は気持ちを明かしても、今までのように変わらず彼の隣にいれることに、密かに幸せをかみ締めていた。

しかしようやく落ち着いた頃、ふと彼にある疑問を抱き、大して深く考える間もなくそれを尋ねてみた。

『そういえば消太さん、普段と服装も全然違うのに、なんであの時落ちてくるのが私だって分かったんですか?』

「…?あぁ、そんなの別に大したことじゃないだろ。お前がどんな服装してようが、どんな変装してようが、俺はお前だとすぐ見抜けるさ。なんせ、ずっと見てきた奴なんだからな。」

『……そう、ですか。』

隠密ヒーローたるもの、時には変装して相手や味方の目までを晦まして潜入するということもあるが、今まで悟られたことは一度だってない。
それを彼はさも当然のことのように言うが、正直十分大した事だろう、と密かに心の中で思った。

すると今度は彼の方が腑に落ちない、とでも言いたげな顔で尋ねてきた。

「それはともかく、なんでお前今日そんな格好してるんだ?どう考えてもお前の選ぶような服じゃないだろ。空から降ってきたのとなにか関係あるのか?」

『……あ、』

そうだった。彼との関係性の溝を修復したことですっかり頭から抜けていたが、今回この服装を選び、尚且つあの高さから問答無用で手を離したホークスは、あの後どうしたのだろう。
そもそも今回の行動を振り返ってみれば、彼自身が何らかの計らいをして、こういう結果になったような気さえした。

答えを待つ彼を他所に、一体どのタイミングからホークスが計算して動いていたのだろうかと思考を凝らしていると、突然目の前に相澤の顔が現れ、驚きのあまり情けない声を出した。

『ひゃぁっ!な、なんですか!っていうか、顔近い!』

「俺の質問に答えずに考え事してるお前が悪いんだろ。」

いや、ご最もな意見だ。
しかし実際、なんて言えばいいのだろう。本来ならば二人とも公安に身を置く立場として、表向きはホークスと自分に繋がりがある事を誰かに悟られてはならない。
とにかくここは誤魔化して押し切ろうと、慌てて口を開いた。

『あ、えーと…ま、まぁいいじゃないですか!色々あったんですよ!』

「いろいろってなんだ。言えないのか?」

グイグイと詰め寄る彼に、どこか違和感を感じる。
気になるというよりは、むしろ少しだけ“怒り”の感情が纏っている様子だ。

『な、なんでそんなに気になるんですか?ていうか、なんか怒ってます?』

「いや怒ってはいないが…。お前のその服、明らかに若い男がコーディネートしたやつだろ。」

『えぇっ?!なんでわかっちゃ……んぐっ、』

咄嗟に出てしまった本音に慌てて自らの口を手で塞ぐも、既に遅かった。
ほぅ…と口角を上げる相澤の表情は、久々に見る威圧感のある恐ろしいオーラを纏っていた。

「お前、案外どんな男でもついてくタイプなんだな。前から無防備だとは思ってたが、ここまで煽る奴だとは…」

『どんな男でもって…失礼ですね。れっきとした知人ですよ。昨日部屋着のまま飛び出したんで、今日一日外を歩けるように用意してくれたんです。だいたい、皆がみんな私を“女”として見てるわけじゃないんですから、消太さんの心配が過ぎるんですよ。』

「……ってことは、昨日の夜からそいつと一晩過ごして、今日お前が出歩けるように服を用意して、俺が血眼になって探してる間、お前はそいつと街で楽しくデートしてたわけか。」

『なっ、…そこまで言います?!だいたい、なんでそんなに刺々しいんですか!まさかどこの誰かも分からない奴に嫉妬なん…て、』

話の途中で、グッと腕が引かれ背後に手を回される。
鼻が触れ合いそうなほど至近距離にある彼にドキリと胸を跳ねさせ、続きの言葉を失った。

「あぁそうだ、単なる嫉妬だよ。お前にこんな姿させる奴が、お前を女として見てないわけないだろ。」

『~~~ッ、』

顔に添えられた彼の手は、目線をそらせることすら許してくれない。
返す言葉が出てこないどころか、怪訝そうな声で吐き出す彼の言葉が全く頭に入ってこないほど、この状況は自分を酷く動揺させた。

「言ったよな。俺はもう紳士になるつもりはないって。いつまでも無防備だと、俺に好き勝手されるだけだぞ。」

『しょっ、消太さ……!』

ゆっくりと近づく彼の顔を目の当たりにして、思わず目をぎゅっと瞑った。

しかし数秒後。フッと息を吐く音を耳にして恐る恐る目を開けると、必死に声を押し殺して笑っている彼の横顔が映った。

かっと頭に血が上って、一瞬でもまたキスされるかもと身構えた自分が恥ずかしくなる。
どうにもならないこの感情に、思わず力んで彼の名を呼んだ。

『もう、消太さん!!!』

「ハハッ、悪い悪い。気持ちが伝わっただけでお前がこうも俺を意識するようになるとは思わなくてな…。思った以上に分かりやすくて、手が出るよりも先に可愛いなと思ったんだよ。」

『なっ……』

「…いや、本音を言うと嬉しいんだ。やっとお前が少しだけ、俺の事を見てくれるようになった気がして。…まぁでも、今のでよくわかったろ。俺が今までどれだけ紳士たる行動を取ってたのか。賢いお前なら、な。」

『……』

返す言葉が見つからない。
確かにそう深く思い返さなくとも、今の行動を取ろうと思えばいつだって出来ただろうし、以前の関係性で今のような至近距離に彼の顔があっても、ここまで鼓動が早まることは無かったはずだ。

それは恐らく自分の中で、妹のように思われてるはず…という意識があったし、むしろ以前は自ら距離を詰めいているようなこともあった気がする。

相澤消太という男は自分が見る限り、兄としては包容力もあり優しさが滲み出ているような人だ。だが実際、戦闘時や普段まわりにいる生徒達とやり取りをしている中では、断トツ口では勝ち目がなく、負けん気の強い人だ。

まさに今目の前にいる彼はその後者で、そんな相手とこれから今のようなハラハラする駆け引きをされるのかと思うと、既に敗北目前のような気さえした。

相澤はそんな自分を見て心の声を悟ったように、意地悪く口角を上げ、もう一度ぐっと顔を引き寄せては耳元で囁くようにこう言った。

「覚悟しろよ、零。今後俺はお前に隙ができれば、容赦なく攻めさせてもらう。せいぜい不意を突かれないよう、常に俺を意識して動くんだな。」

自分よりもうんと低い彼の声は、耳元から骨の髄まで響くような感覚が走った。
たった一言で身体中を麻痺させるような効力に、いつもなら“負けませんよ”と返せる強気な発言すらも、口に出すことすら適わない。

相澤は再び向かい合って、耳を塞いで顔を真っ赤にさせた自分を見つめては、ククッと満足そうに笑って再び歩き始めた。

『~~~~ッ、消太さんの意地悪!!』

彼の熱にやられ、ようやく返した精一杯の一言は、なんとも言えない幼稚な嘆きだった。


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