ホークスは、二日後に開催されるヒーロービルボードチャートJPに出席するため前倒しで上京し、久しぶりにやってきた東京の夜空を徘徊していた。

出張でまたに来ることはあっても、こうしてゆっくりできる時間が出来たのは本当に珍しい。

普段とは違う都会の夜景を有意義に見渡していると、ふと前方に瞬く間の速さで建物を伝って移動する人影が目に付いた。

「…なんだ、ありゃ。」

広げた翼を収縮し、一旦その場に留まって目を細める。
近づいてくるその人影は、自分のように羽がある訳でもないのに、随分身軽で驚くほどの身のこなしだ。

段々と距離が縮まり、どことなく見覚えのある細い体のラインを捉えた瞬間、次に足場をかけた鉄塔から滑り落ち、急降下していく姿を見て、慌てて助けに向かった。

「おいおい……!」

結局今日もヒーロー活動かい…と内心呟きながら、ひとまず地面へ叩きつけられる前に、素早く救いあげて上空へと舞い上がった。

身体に触れて初めて、その華奢な細さと弾力のある肌から女だと言うのがわかる。
しかし普段救助でよく抱き抱えるような女性とはまた違い、軽い割に意外にも筋肉質で無駄のない体付きにさえ感じた。

それもそうか。あの身のこなしといい、飛躍力といい、鍛えているか“そういう個性”を持っているものでない限りは不可能な動きだ。

一体どんな人物なのかと一目顔を拝ませてもらうおうと、腕の中で縮こまる女性に目を向けると、相手もハッと我に返ってじたばたともがき始めた。

『離して……ッ、』

「はぁーい、ちょっと落ち着いてくれます?危うく地面まで真っ逆さまだった所を助けたっていうのに、今度は“離して”だなんて…。随分お転婆なお姉さんです……ね、」

互いに目が合い、点になる。
月の光に照らされて輝きをもつ白の髪。まさに獣のような金色の大きな瞳。
さっき目の当たりにした身のこなしといい、この何とも言えない美しさから感じる威圧感といい、どう見ても一人の人物を連想するより他なかった。

『ほ、ホークス……どうしてここに?!』

「えぇぇっ?!……てことは、やっぱり朧か?!」

見慣れたコスチュームを着用していないということは、少なからず今任務中ではないという事は分かる。しかし自分の知っている隠密ヒーロー“朧”は、とてもじゃないがありのままの姿で夜の街を駆け回れるほど、大胆な行動をとるようなタイプではない。
仕事以外は常に自宅でもある山に籠り、極力人と接触することを避けている…紛れもく陰気タイプだったはずだ。

更に驚くべき事実は、冷静沈着で人形のような無表情で一部に知られていた、あの“朧”が…。
金色の目には涙が今にも溢れ出しそうで、目元には何度も擦ったのが一目見てわかるほど赤く染っている。
そんな信じられない光景を目の当たりにして、声に出さずには居られなかった。

「ちょ、ちょっと待て。ここ数年会わなかっただけで、こんなにも成長して変わるもんなのかよ。なに、お前。もしかして俺と一緒で、“速すぎる女”だった?」

全く面白くもない現実逃避の発言に、自分でも呆れそうになる。

零は久しぶりに再会した自分の顔をマジマジと見ては、やっと我に返って口を開いた。

『と、とにかく離して……!私は今、』

「ダメだ。さっき痛い目見てわからなかったのか。普段のお前ならまだしも、あんなおぼつかない足であのまま飛び回ってたら、いつか本当に落下して怪我で済まなくなるぞ。」

『……ッ、』

いつもより強めの口調で言えば、彼女はグッと服を掴んで押し黙った。

よほど嫌な事があったのだろう。こんなに感情が入り乱れている彼女を見るのは初めてだ。

そして何より、今この手を離してしまったら何をしでかすか予想もできない彼女を、地上に戻してやる気にはならなかった。

「事情はさっぱり分からんが、とにかく落ち着け。そんな闇雲に動いたってしょうがないだろ。どうせ帰るつもりないんなら、俺の宿泊してるホテルに連れてく。いいな。」

『……』

何の返事をしない彼女を確認したあと、零を抱き抱えた腕により力を込め、速度を上げて飛行した。

そして彼女は自分の服を涙で濡らしながら、何度も胸の中で掠れた声で呟いた。

『……最低だ、私…、傷付けた……』

その言葉が誰に向けて言っているものなのか、何を意味しているのか分からないまま、ただ聞こえないふりをしてもう一度彼女を抱きしめる腕に力を込めたのだった。



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