文化祭
爆豪の部屋から戻ってきた零は、昨晩と同じようにハイツアライアンスの屋根へとよじ登って、夜空を見上げていた。
今日はたくさんの思い出ができた。
クラスの皆と一緒に食べ歩きして、いろんなショーや展示物を見て周って、校内を走り回ったり、写真を撮ったり、みんなが笑っている姿を見て、本当に心が温まる思いをした一日だった。
スマホの待ち受け画面には、今日クラスの全員と壊理、ミリオを加えたメンバーで集合写真を撮ったものが映っている。
さっき八百万がわざわざデータ事こちらに転送してくれて、更には待ち受け画面の壁紙として設定までしてくれた。
これから先何があっても、今日この日を忘れる事はないだろう。
自然と笑みを浮かべては、再びポケットにスマホを戻す。
するとふと、僅かに舞う風と共に嗅ぎ慣れた気配を察知した。
急いでその場から立ち上がり、気配を感じる方向へと全速力で走り出す。
ものの数十秒で到着した先には、車の前で立ち話をしている赤星と久我、そしてそれを見送りに来たであろう相澤の姿があった。
『赤星さん、久我さん!』
「「「零(さん)…!」」」
二人の前へ駆けよった矢先、まず最初に深々と頭を下げた。
『本当に今日はありがとうございました…。二人に警備を変わっていただいたおかげで、忘れられない大切な思い出ができました。』
「ちょっ、零さん、顔をあげてください!」
「なんだ、らしくないな生意気娘。変なもんでも食ったか?」
『…お二人に“たまたまの休日”なんてない事は分かってます。大方の経緯は何となく察しがつきますが、それでもお礼を言わずには…』
「零さん。本当に頭を上げてください。」
『…』
物腰柔らかい久我の物言いに、ゆっくりと顔を上げる。
すると二人はいつものように優しい笑みを浮かべて、こちらを見つめていた。
「正直あなたにそこまでお礼を言われる程の事はしてませんよ。僕としても、普段お世話になっている零さんに手助けができてよかったと思ってますし…」
「まぁ、ハッキリ言うと心苦しいんだが。前回の望月家の件で、警察庁の汚名を口外しないようにしてくださってる雄英高校は少々特別扱いでな。何かあれば全力で協力してもいいという命令が、上からも降りてるんだ。だからあまり気にするな。お前がそう気に病む事じゃない。」
『…そう、ですか。』
「ただ零さん…僕の質問に一つ、答えていただけませんか?」
『はい?』
久我はそう言って、少し間を開けた後物静かな様子でこう尋ねた。
「今日、楽しかったですか?」
『…っ、はい!とても楽しくて…一生忘れられない、かけがえのない“思い出”になりました!』
凛としてそう答えると、彼は「よかった。」と嬉しそうに微笑んだ。
すると後ろで傍観していた相澤がふわりと頭の上に手を乗せてきては、前方にいる二人に向かって口を開いた。
「ほら、いつまでも足止めさせるな。赤星さんはともかく久我さんは忙しいんだから。」
「おいおい、ひどいな相澤くん。」
『…あれ、消太さんってもう赤星さんの性格把握したんですか?』
「ハハッ、零さんのその正直なところは、どうやらイレイザーからの受け売りでしょうか。」
「おい待ってくれ、こいつは元々だ。俺じゃない。」
三対一の状況にもはや赤星は何も反論できず、相澤はムスッとした表情を浮かべて顔を緩めた。
この三人に囲まれたこの穏やかな空気が異様にもうれしくて、密かに小さく笑った。
「それじゃあ、イレイザー、零さん。また何かあれば連絡くださいね。今日はお疲れ様でした。」
「あぁ…助かったよ、ありがとう。」
『本当にありがとうございました。久我さんもあまり無理しないようにして下さいね。』
「しっかり寝てしっかり楽しめよ、零。」
「「『「おやすみなさい」」』」
相澤と二人並んで、車で学校から去っていく二人を見送る。
しばらくして影形も見えなくなったところで、隣にいた彼が小さく息を吐いた。
「よかったな。なんやかんや文化祭も無事終わって、お前も楽しめたみたいで。」
『…そうですね。消太さんも、二人を呼んでくれてありがとうございました。』
「あぁ。…それはそうとお前、今日ずっと気になってたんだが、頭の瘤はどうした。」
『あー…これですか?まぁ、気合い入れなおした時にちょっと。』
「…そうか。」
咄嗟に出した適当な理由だというのに、彼はそれに何も突っ込むことなく小さくそう呟いた。
夜の風がひんやり体に触れ、静かな空間に木の葉が擦れる音が聞こえる。
相澤と二人、見つめあっては小さく笑い、踵を返して寮の方向へと歩みだした。
「今日は月が綺麗だな…久しぶりに晩酌でもするか。」
『ふふ、よかったら付き合いますよ。私もまだ寝付けそうにないので。』
「そうか。ま、幸い明日学校は休みだからな。疲れたらそのまま泊っていけばいいさ。」
『それは助かりま…。』
言葉を返す瞬間、ふと爆豪に言われた事を思い出した。
ーー“少なからず、零を女として見てる奴はいくらでも出てくる…テメェが思ってる以上にな”。
もしかして今まで気づいていなかっただけで、隣を歩く彼も本当は自分の事を“一人の女”として見ているのだろうか。
…いやいや、ないない。
消太さんなんて私が十三の時から面倒見てもらってるし、散々女っぽくないところもいっぱい見せてきちゃったし…しかも10も離れてるし、今更そんなわけ…。
「どうした?」
『ひゃぁっ!』
いつまでも固まっていた事に心配したのか、突然顔を覗き込んでくる彼に驚いて、思わず間抜けな声を出してしまう。
困った様子でこちらを見ていた相澤を目の当たりにしては、今浮かんだ思考を無理やりかき消すために強く頭を左右に振って、再び歩き始めた。
やっぱり考えすぎだ。彼は自分にとって保護者のような存在であり、今までこうして面倒を見てきてくれた大切な人だ。複雑な感情を抱いてしまって変に気を遣わせるような事はしたくない。
それよりも今は、今後また同じような状況にあった時にどう切り抜けるかを考える方が先決だ。
『…ねぇ消太さん。晩酌するついでに頼みがあるんですけど。』
「…なんだ?珍しいな。」
きょとんとした顔をする彼を見て、ぎゅっと拳を握ったまま意気込んで頼み出た。
『いざという時に使える寝技とか、知ってたら教えてほしいです!』
「………はぁ?」
唐突に出たその申し出に、事情も何も知らない彼は、当然呆れた様子でそう返事をするのであった。