文化祭
爆豪勝己は、自室へ戻るなり乱暴にベッドの上に寝転んだ。
昨晩零とは色々あったが、今日の文化祭では他の生徒もいる手前、至って普段通りの接し方でやり過ごした。
最初顔を合わせた時、額に貼られた大きなガーゼを見て、そこまで強くやってしまったと冷や汗をかいたが、零はそれが誰によって負わされたものなのか、適当に転んだだの誤魔化して、誰にも真相を話すようなことはしなかった。
自分がした行動が彼女にとってどう結果が出たのかは分からないが、何だかんだ文化祭をまわる彼女は楽しそうに笑っている光景を何度か目にすることができた。
クラスの出し物も、元々批判を買っていた連中にも好評だったようだし、今日の文化祭は全体的にいい結果で幕を下ろしたと思っでいいだろう。
薄暗い天井を見上げながら、大きく息を吐いて目を閉じた。
しかしその直後、ドアをノックする音を耳にした。
「……あァ?」
自室に誰かが来るなど、そう滅多にある事じゃない。
頼んでもいないのに普段一緒にいる上鳴や切島でも、さすがに部屋まで押しかけてくることはごく稀だ。
一体誰がわざわざここに来たのだと不思議に思いながらも、重い体を一度起こしてドアを開ける。
するとそこには先程まで他の生徒達と話していた零の姿があった。
内心では驚きつつ、必死に平常心を保ちぶっきらぼうな様子を露骨に出して声を出した。
「……んだよ。」
『ごめんね。もう寝るとこだった?』
「……いや、さすがにまだ寝ねぇけど。」
『ちょっと話したいことあるんだけど、いいかな?』
「…………はァ?」
ーーこいつ、昨日の今日で懲りてねぇんかよ。
口には出せないので、心の中でそう呟いた。
自分が男であるということ。彼女が普段から無防備すぎるということ。
その身をもって教えてやったというのに、それでもなお二人きりの空間を自ら生みだし、のこのこと部屋に入ろうとするあたり、どうやらまだ理解ができていないようだ。
皮肉の一つや二つでもぶつけてやろうかとも考えたが、ひとまず彼女の動向を探るため、一旦部屋の中へと誘導した。
「で、なんだよ話って。」
部屋の真ん中にちょこんと正座して座る零にそう尋ねると、彼女はすぐに口を開いた。
『昨日は、正直めっちゃ痛かった。マジで頭割れるかと思った。かっちゃん本当に石頭だった。』
「は?んなことわざわざ言いに来たのかよ。っつーか今更文句か。」
『でも。』
「……?」
『でも、凄い心に響いた。おかげで夜も眠れたし、モヤモヤしてたのもなんか楽になった。ありがとう。』
「…………おう、」
まさかの感謝の言葉に、照れくさくて思わず目を逸らし、後頭部をわしゃわしゃとかく。
零はそれを見て、柔らかい笑みを浮かべた。
『かっちゃんの言葉には、いつもいろいろ考えさせられたり、学ぶことばかりで、結果として助けて貰ってることが多いなって気付いた。乱暴だし口悪いし、言い方も全然優しくないけど、それでもやっぱり優しいって思うよ。』
「…てめぇ、誉めるかけなすかどっちかにしろや。」
『あははっ。それにね…』
零はそう言い始めてはその場から立ち上がり、ベッドに腰を下ろしている自分の目の前で足を止めた。
「…なっ、なんだよ。」
見下ろされるような光景に妙な威圧感を感じながらそう尋ねると、突然彼女が身をかがめて顔を近づけた。
「…っ、」
咄嗟に避けようと体を仰け反らせる。
しかしすぐ後ろはベッドで、気付けば零の腕が顔の両サイドに置かれ、押し倒されているような状況に陥った。
真上にある彼女の表情は、正直何を考えているのかすら分からない。
大胆かつ、予測不能な彼女の行動に思わず息を飲む。
「なっ…何しやがんだテメッ…」
『…私だっていつまでも弱いままではいない。男に力で勝てないのなら、別の手段で勝つ。もう死柄木のような事態になっても、今回みたいに怯えたりしない。だから…かっちゃんにだってそう簡単に負けるつもりはないよ。』
「…っ!」
真っ直ぐな瞳に、芯の強い威圧感のある声。
あまりの迫力と逞しい姿に、すぐに返す言葉が見当たらなかった。
零はそれを言って満足すると、フッと息を吐くように微笑んだ。
そして覆いかぶさる体勢を解き、くるりと踵を返してドアの方向へと歩き出した。
去っていく背中を見て少し反応に遅れながらも慌てて体を起こすと、ピタリと足を止めた零がもう一度こっちに顔を向けて、得意げな顔をしてこう言った。
『案外かっちゃんも、思わぬ人に迫られると動揺して大人しくなるもんだね。まだまだ私は、君には負ける気がしないよ。』
「〜〜ッ、て…てんめぇッ!!!」
…やられた。確かに彼女の言う通りで、さすがに零がここまで大胆に攻めてくるような奴だった事は随分想定外だ。
そしてまんまと策略にはまり、不覚にもそれに心を奪われ、鼓動を早めてしまったわけだ。
『とにかく今回はありがとう。これで頭突きの痛みとチャラって事にしてあげよう。じゃ、おやすみ。』
「…っ、おい待てコラ零ッ!!」
零の挑発的な言葉についカッとなって、慌てて彼女を捕えようと動くも、彼女はそのまま部屋を出ていき、危うく顔が扉とぶつかりそうになった。
「…あんのクッソ女ッ!!!!ぜってーぶっ殺すッ!!!」
まるで負け犬の遠吠えのような台詞を吐き捨てた。
しかし口ではそう言うものの、心のどこかではそんな強気で勇ましい彼女により強く好意を抱いてしまった。
暴言を吐いても、突き放そうとしても動じない。
怖がらせようとしても、逆にやり返してこようとする女だ。
何よりも自分のペースを簡単に狂わせる、今までにない存在だ。
「…普通あんな開き直り方するかよ…!ったく、つくづく一筋縄ではいかねぇ女だな…」
それでも…いつか絶対勝ってやる。そしてあの余裕ぶっこいた面を全力で崩してやる…!
そんな高い目標を再度意気込んでは、その日はぐっすりと眠りにつくのだった。