文化祭


1-Aが出し物を終えた後、零はクラスの皆と他のクラスの出し物を見るため、校内を回っていた。

が、正直どう皆のようにこの状況を楽しめばいいのかわからない。
ひとまず何か買って食べ歩きでもすればいいのだろうか。
峰田や上鳴達のように目の前で繰り広げられるミスコンに熱中するべきか。

早くも頭を抱えている中、ふと隣に轟が現れては顔を覗き込んだ。

「どうした?頭なんて抱えて。」

『あー…うん。実際どうやって楽しんだらいいのかな、って…』

情けなくため息とともにそう吐き出すと、彼は小さく笑った後深刻そうな表情で見つめて口を開いた。

「…なぁ、零。」

『…ん?』

「前に、文化祭当日、一緒に回らねぇかって話したよな。覚えてるか?」

『…あぁ、うん。覚えてる。』

当日警備を行うにあたって校舎全体の構図と敷地内を日ごとにわけて巡回していた頃、確かに轟にそう言われて、うやむやな返事を返した記憶がある。

思い返せば、随分素っ気ない返事をしたと思う。
あの時は正直、文化祭で楽しい思い出を作る事に怯えていて、参加側に回る事を酷く懸念していたのだ。
もちろん彼はそんな心境を知るはずもなかったわけで、当然当日急に一緒に回れるようになった事も、自分を含めての予想外だと思う。

どこから説明しようかと考えていれば、先に彼から話を切り出した。

「俺、思ったんだけどさ…」

『…え?』

「あの時、単に零と一緒に文化祭回れたら楽しい思い出になるんじゃねぇかなって思って口走ってた。でも、それは俺の一方的なワガママだったと思う。当然警備として配属されたお前の気持ちだってあるのに…自分勝手な事言って、願望押し付けるような事言って悪かった。」

『え、え?!あ、いや、違う!違う違う!』

「…違うのか?なんかあれから零の様子がおかしかったら、てっきり俺、零の事傷つけちまって怒らせたかと思って…」

『そんな事で怒るわけないじゃん。それにあの時は…』

「あの時は?」

ぐいっと顔を近づける彼に、思わず頬を染める。
慌てて目を逸らし、いつも正直に話してくれる彼にこれ以上誤魔化してはいけない、と本心を告げた。

『本当は、みんなと楽しい思い出を作るのが少し怖くて…文化祭から逃げてた。ただの日常を皆と過ごすだけで、私にとっては貴重な思い出になっていくのに…文化祭なんて楽しそうなイベントに本当に参加しちゃったら、もっと…もっと、って欲が出ちゃうと思ったんだ。でも私は実際ここの生徒じゃないし、皆とずっと一緒にいられるわけじゃない。そう考えると少し怖くて…』

「なんでそれが怖いんだ?」

『…え』

きょとんと首を傾げる彼に、情けない声が漏れる。
その質問にどう返したらいいかわからず、あたふたしていると、彼のほうから口を開いた。

「別に生徒じゃなくても、零はウチのクラスにとって大事な存在だし、“仲間”にあることはかわりねぇ。それに俺は、この学校を卒業してヒーローになっても、お前がいない未来なんて考えられねぇよ。」

『焦、凍…』

「言ったろ?俺はどんな零でも受け入れるし、ずっと傍にいるって。俺は少しでも多くお前と楽しい思い出を作りたいと思ってる。その少しずつを積み重ねてって、何年か先に思い返した時に、零がいてくれて良かったって何度でも思いたいしな。」

轟の真っすぐの言葉に、心がざわついた。
彼はいつだって、自分が隣にいる未来を想像してくれている。
もう一人じゃない、と教えてくれた。“仲間”だと言ってくれた。
この個性も全て受け入れ、それでも傍にいたいと言ってくれた人だ。

ーーあぁ。答えはこんなに近くにあった。
自分の中の“思い出”というものは、根本的に違っていたのだ。
今までの“思い出”は、記憶がよみがえる度に胸を締め付けられ、苦しい思いにさせられるようなものばかりだった。
でも今は違う。
轟が言うように、ここで作る思い出はきっと、何年か先に思い返した時に、笑って話せるような“心が温まる思い出”だ。
恐れる事も…逃げるような事も、何一つない。

『…焦凍、ありがとう。今日一日でいっぱい思い出作ろっ!!』

「…あぁ。そうだな。」

彼はそう優しく零してはそっと手を繋ぎ、歩き始めた。
手のひらから伝わる轟の体温と優しさは、言葉よりもずっと温かみがあって心が安らぐ。

彼にひかれて壊理や緑谷たちの元へと戻ると、壊理がぱっと明るい表情を浮かべた。

「零お姉ちゃんも、ワクワクさんだね!」

『…!』

その一言に、またもや気づかされた。
壊理も先日顔合わせをした時に、自分の心の不安定さに気づいていたのだろう。

本当に、似た者同士は隠し事ができないな。

そう思っては情けなく笑い、彼女に微笑み返してこう言った。

『ほんとだ、私もワクワクさんだね!』

その言葉に、近くにいた緑谷と通形も満足げに微笑むのだった。



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