文化祭
零は今から行われる1-Aの出し物の舞台を前にして、壊理の姿を見つけては駆け寄った。
『壊理ー!』
「零お姉ちゃん!」
「師匠!」
声をかけると、通形に肩車された壊理の表情が僅かに明るくなる。
校長室からほぼ全速力でここまで向かってきたせいか、さすがに息が上がり、ようやく立ち止まって呼吸を整えた。
「師匠、警備の仕事は大丈夫なんですか?」
こちらの姿を見た矢先そう尋ねる通形に、苦笑いを浮かべる。
『あーうん…ちょっといろいろあってね。急遽校内の巡回警備にあたることになったから、今日はほとんど壊理と一緒に回れるよ。』
「本当?!」
「よかったねー!壊理ちゃん!っていうか師匠、俺も壊理ちゃんと回る予定なんで、どうせ言うなら“ミリオと壊理ちゃんと一緒に回れるよ”でしょう?」
『…ミリオは別に、どっちでもいいかな。』
「ひどい!」
『ハハッ、冗談だよ。』
そんな冗談のやり取りをした矢先、舞台が開幕するブザー音が流れる。
会場内の視線が一気に前方へと向き、ドッとライトが落ちた。
『…(デクくん、間に合ったかな)』
あの後買い出したロープを取りに行って傷を治した後、自分は校長室へと向かったため彼のその後の動向は知らない。
隣にいる壊理に悟られないよう不安になりつつも、他の人たちと同様に視線を前へと向けた。
「よろしくお願いしまぁぁっす!!」
爆発音と共に、耳郎の声が会場内に響き渡る。
そして舞台がライトアップされた瞬間、生徒たちの衣装を纏った姿が露わになった。
練習したり相談したり、これまで準備に費やしてきた時間をずっと一緒に見てきたが、まさか完成したものがここまでとは思っていなかった。
『…すごい、』
思わず心の底から感動の声が漏れる。
個性を駆使したパフォーマンス。会場内が楽しめるように組まれた動き。
バンドメンバーのイキイキとした演奏。耳郎の心に響く綺麗な歌声。
圧倒するその迫力に思わず目を奪われていると、隣にいる壊理の声が耳に届いた。
「わぁーっ…!!」
『…っ、』
壊理が笑った。
緑谷達の強い思いが届いた。
ーーあぁ、あの時この子の事をデクくんに頼んでよかった。
“『お願い緑谷君。…壊理ちゃんを、助けてあげて。あの子…私と同じなんだ。一人で抱えて……絶望に囚われてる…治崎の手から、引き離してあげて欲しい……』”
死穢八斎會で緑谷に向けられた攻撃を自ら受け、死を覚悟した時。
自分が緑谷に告げた弱音のようなものだった。
同じ道を歩んでしまった私では、壊理を助ける事はできない。
でも彼なら、それをやってくれると思って無責任にも託してしまった、いわば願望だった。
彼は本当に、この子にまとわりついた深い闇を取っ払い、心の底から笑わせてくれた。
笑い方を知らない壊理に、笑い方を教えてくれた。
そしてそれと同時に、幼い頃の自分も少しだけ救われたような感覚になった。
『…ありがとう、デクくん。皆…』
気付けばそんな独り言を零しては、誰にも気付かれないよう頬に一滴の涙を流したのであった。