文化祭
零は緑谷を連れて戻った矢先、校門前で待機していたエクトプラズムの言伝により校長室へと向かっていた。
もう既に文化祭は始まっている。予定では警備につかなければならない時間を優に超えているというのに、一体なんの用事なのだろう…と思いつつ扉を開けると、驚きのあまり足を止めた。
「やぁ、零。」
「零さん、どうも。」
『えっ…』
校長と向かい合って立つ二人の男を見て、不覚にも驚いて思わず言葉を失う。
そこに立っていたのは、先日服部家と望月家の戦いの時に顔を合わせたばかりの赤星と警察庁公安部の久我だった。
「ようやく来たか。遅かったな。」
二人の間からひょっこり顔を出してそう言ったのは相澤で、隣に座っている校長も、自分の姿を見て「よかった、間に合ったみたいだね。」と零していた。
『ど、どういう事ですか?何でこの二人がここに…』
「私がご招待したのさ!先日の件もあってね。」
『は、はぁ…』
ひとまず入口に立っているのも何なので、部屋の中へと進んで彼らの前で足を止める。
すると赤星は横に立つ自分の頭に勢いよく手のひらを乗せては、わしゃわしゃと頭を掻きむしった。
「さっき聞いたよ。連続犯罪動画をUPしている敵に遭遇して、見事自首に追い込んだ、とか…随分お手柄じゃないか。」
『あぁいえ…それは私じゃなくて、どちらかと言うと…』
「あんな長年犯罪を犯していた相手に、一体どんな方法で自首するように勧めたんだ?もしかして、よほど君が怖かったんじゃないのか?」
『…失礼ですね。そんな怖がるような事してませんよ。まだ。』
出会って早々意地悪な発言を零す赤星に目を細め、じとりと睨む。
すると逆サイドに立っていた久我が「まぁまぁ…」と宥めては口を開いた。
「実は僕ら、たまたま今日は“休日”でして。そしたらなんと零さんが任務についている雄英高校で、文化祭が行われるっていう話を偶然小耳に挟みましてね。」
『…きゅ、休日?!…あの激社畜の久我さんが?!』
「そこで、俺のところに連絡が来てな。二人がどうしても今日の外の警備につきたいというんで、急遽お願いする事にしたんだ。」
『…はぁ。…って、はぁ?!』
相澤の言葉を一旦聞き流すも、その言葉の意味を理解しては大きな声をあげる。
しかし彼らはそんなこちらの心境を余所に、四人で話を進め始めた。
「いやぁ…久我さんと赤星さんが“たまたま”休日で、“たまたま”暇を持て余してるおかげで随分助かりましたよ。」
「いえいえ、以前は我々もこちらにはお世話になりましたし…お力になれる事はさせていただくつもりですよ。どうせ“暇”ですし。なぁ?赤星。」
「そうそう、なんせ俺たち“暇”なんでね。存分に文化祭を楽しみながら、警護に当たらせてもらうよ。」
「警察庁公安部の方々が警備の力添えをしていただけるなんて…これほど心強いことはないと思うのさ。そう思わないかい?零くん。」
『…いやまぁ、そりゃそうですけど…』
半ば強引な校長の振りに、とりあえず賛同はするものの腑に落ちない点が多い。
赤星は別としても、久我の口から“休日”や“暇”などという単語はあまり聞いた事がない。
どちらかというと常に仕事をしていて、休みすらろくにとっていないという印象の方がよっぽど強い。
現に、やたら会話の中で“たまたま”を強調してくるあたりがどうも引っかかる。
何か彼らだけで作戦を企てたのではないだろうか、と勘くぐっている矢先、再び校長が口を開き、ある提案を持ち出した。
「そこで、だ。これだけ優秀な警備員が二人も加わってくれるという事は、零くんは今日校内を生徒たちに紛れて巡回する係に回ってもらえないだろうか?」
『え…?いやでも、私は…』
「そうそう、寝不足で目の下にクマがある奴に外の警備を任せたところで、ろくに務まるとは思えんしな。お前はガキ共と一緒に校内でも回って、不正な行為をとってるやつがいないかどうか、呑気にチェックでもしてろ。」
『な、なんですか、それ!!』
「赤星…少しは言い方を考えろよ。」
「まぁ…何はともあれ、だ。壊理ちゃんの件からしても、彼女はお前に一番心を開いているはずだ。もし文化祭を回るのであれば、お前が一緒の方が彼女も心強いだろうし、傍にいてやったほうが彼女のためでもある。」
『…』
相澤の言葉に、すぐに返す言葉が見つからなかった。
確かに壊理の事は気になるが、警備だって生半可な気持ちで取り組んでいたわけではない。
校長の言う通り、久我と赤星の二人がいれば外の警備を固めるには十分すぎるほどの人材だが、いつもの二人からは考えられない行動に出ているのは明白だ。
その時、疑問が浮かび上がるばかりの自分を見て心境を悟ったのか、校長が傍に歩み寄っては、真っすぐに目を見つめながらこう言った。
「零くん。確かに君はウチのセキュリティを強化するために私が依頼した人員だ。
でも、私は何となく気づいてしまったのだよ。
学校という場所がどんなところか知らない。友達や仲間とどう過ごしたらいいのか分からない。楽しい思い出を作る事を躊躇して一歩踏み出せない、君の密かな悩みを。」
『…っ!』
「君が培ってきた生徒たちとの絆、私たちとの絆が消える事は永遠にない、と知ってほしい。君が私たちを大切に想ってくれているように、私たちも君を大切に想っているという事を。
そして私は何より、この学校を束ねる者として、君に少しでも学校生活というものを体験し、楽しんでもらいたい…と願わずにはいられないのさ。」
『根津…校長…』
感服だ。
文化祭という話が持ち出された事から懸念していた思いや不安…それが今、彼の一言で全て見抜かれたような感覚になった。
そしてそれだけではない。
今の言葉を、顔を見る限りではここにいる相澤達も同様にそう思ってくれている様子だ。
彼らが本心からそう思ってくれている気持ちが伝わってくるからこそ、首を横に振ることはできなかった。
『…全く、校長には敵いませんね。わかりました。ではご命令通り、私は校内の巡回を生徒たちと共に実行します。』
「ありがとう。よろしく頼むよ。」
出した答えに、彼は酷く納得した様子で席へと戻っていった。
「…よし、じゃあさっさと行くぞ、零。」
話が済んだ矢先、相澤が勢いよく手を引いて校長室の外へと導く。
振り返ると久我と赤星、校長の三人が満足げな笑みを浮かべながら、見送ってくれていた。
そうして自分の前を歩く彼の背中を見ては、小さく笑みを浮かべた。
『…消太さん、気を使ってくれたんですね…。ありがとうございます。』
「なんの事だ。俺はたまたま久我さんから連絡があって、警備をしたいと必死に頼み込む二人の要望に応えただけだ。何もしてない。」
ぶっきらぼうにそう答える彼に、肩を竦めた。
言葉を交わさずともわかる。
久我との連絡先を知っているのは他でもない相澤だけだし、やはり彼らが暇だというのはどう考えても信じられない。
大方ここ最近ずっと不調だった自分の事を気にかけて、文化祭でリフレッシュさせようと相澤が動いてくれたのだろう。
ーー本当に、この人には敵わないなぁ。
そんな独り言を心の中で吐き捨てては、彼の隣を歩くように小走りで寄り添い、小さく笑った。
『消太さん、そういう隠すのが下手で不器用な優しさも…私は分かってます。大好きです。』
「はぁ?お前一言余計だ。っていうか何の話だ。さっさと行くぞ。」
『ちょっ、待ってくださいよ!おいてかないで下さい!!』
ぐいぐいと先を歩く彼を追いかけるのに夢中で、この時彼が耳まで赤く染めている事に気づくことはなかったのだった。