文化祭


零は緑谷の姿を探し続ける中、雄英高校で文化祭開始の合図が鳴ったのを耳にして、足を止めた。

『急がないと…』

零は未だ姿を見つける事のできない状況に焦りを抱きつつ、全速力で周囲をこまなく見渡しながら走り続けた。

彼がロープを買い出しに出た事を他のクラスメイトから耳にし、ひとまず彼が向かった店に真っ先に向かったものの、既にその場にはいなかった。
店員に声をかけて確認してみたが、緑谷が買い物を終えて店を出た時刻からはもう数十分経っているという話だ。
もしその話が本当ならば、もう学校に戻っていてもおかしくはない時間だ。
しかし、彼を探すよう頼んだオールマイトからの連絡が来ていないということは、何か面倒事に巻き込まれていると考えるのが妥当だろう。

それにどことなく、この林に入ってから嫌な気配が漂っているのを感じる。
気のせいでなければ、彼がそれに関わっていると考えるのが自然だろう。

『デクくん…無事でいてよ…』

そんな独り言を呟きながら走るさ中、前方から微かに風が吹きつけるのを肌で感じ、その方向へと足を進めた。

血の匂いがする。
草や木の葉が揺れる音が聞こえる。
個性がぶつかり合う気配がする。

ーー間違いない。交戦してる。

険しい顔を浮かべながらようやくその場へとたどり着くと、緑谷と何者かが交戦している状況を目の当たりにし、思わず足を止めた。

「君は何のためにヒーローを志す!」

「同じだ、ジェントル…もう僕だけの夢じゃない。身の丈に合わない夢は、心の底で諦めてしまっていた夢は…笑わないでいてくれた、認めてくれたみんなに応えたい…つらい思いをしてきた人に、未来を…明るい未来を示せる人間になりたい!!」

『…っ、』

心の叫びを吐き出す彼の言葉に、思わず息を飲んだ。

彼が傷だらけになっている様子を、ぐっと堪えて見守る。
感情的になって手を出さないよう、右手で左手を強く抑えた。

彼が戦っている相手…確か、犯罪動画で再生数を上げているジェントル・クリミナルだ。
そしてその傍にいる少女は…表情や動作を見る限り、奴の仲間だと考えていい。

どういう経緯でこの場にいるかはわからないが、彼女が何か動きを見せた時は自分が動こう。せめて緑谷が、奴との闘いに集中できるようにーー。

そう考えた直後、その少女が雄英高校の方向へと走り出した。
そしてそれを緑谷も察知したのか、闘いから集中が逸れて再び何発か攻撃を受け始めてしまった。

『…デクッ!目の前の敵に集中しろ!!』

「零…さん?!」

思わず口を挟んでは、全速力で少女の元へと向かい、行く先を阻むように立ちふさがった。

『ここから先は行かせないよ。』

「…っ、」

少女は自分の姿とその一言で恐れをなしたのか、怯えた表情で後ずさり、くるりと踵を返して走り出した。
そうしてジェントルの方へと戻ると、既に緑谷に取り押さえられた彼を見て絶望したのか、緑谷に駆け寄って必死に泣きながら訴えた。

「やめてよ離して!ジェントルを離して!嫌よ!ジェントルが心に決めた企画なの!何が明るい未来よ!私の明るい未来は、ジェントルだけよ!私のジェントルを奪わないで…!!」

大粒の涙を零しながら助けようとする少女の様子を見て、少し胸を痛めた。
あの子にとって、彼は“全て”なのだろうと悟る。
しかし、自分にとってそれに値するのはジェントルではなく緑谷だ。
こちらも緑谷に殺意ある行為を相手が図った瞬間、いつでも動けるよう警戒心を強めていた。

その時。
ジェントルが残りわずかな力を振り絞り、再び抵抗しようとしている意思が読み取れた瞬間、彼の名を呼んだ。

『…デクくん!!』

少女の言葉に動揺していた彼は、ジェントルの一瞬の攻撃に受け身がとれず、勢いよくその場から吹っ飛ばされた。

彼を追いかけたい気持ちもあるが、今は目の前の事を先に片づけるのが先決だ。
二人の侵入者の前に立ちふさがり、冷たい目を向けてこう告げた。

『…ジェントルクリミナル…まだ抵抗するようなら、次は私が相手をするが。』

いい加減、我慢も限界だ。
これ以上自分の大切な人が傷つくようであれば、こちらとて容赦はしない。
威圧を放ちながら彼にそう告げると、その口からは予想外の言葉が返ってきた。

「…いや、その必要はない。」

『…そう、ならいいけど。』

「驚いたな…随分簡単に受け入れるじゃないか。」

『あんたの顔と声聞けばわかるよ。…賢明な判断だと思う。…一番大切な物が何か、もう見失うな。…経験者からのアドバイスだ。』

「…ほぅ。若い娘のくせに随分重たいアドバイスだな。覚えておこう。」

彼はそう言って、次にその場に現れたハウンドドックに姿を見つけられ、小さな声で零した。

「雄英…自首がしたい。」

もう彼に戦う意思はない。
問題は、この状況を見たハウンドドックがどう捉えるか、だが…。

「もう一人いるだろ!うちの生徒の匂いだ!!!」

『…』

言っている矢先、怒鳴り声が飛び交った。
ダメだ、完全に血が上っている。
ジェントルの胸倉を掴み、血相を変えて怒鳴りつける彼をどう説得しようか思考を凝らす中、タイミング悪く緑谷がこの場に戻ってきた。

「そのケガは…戦ったのか?!」

「…雄英にいたずらしようとしているのがわかって…少しもめました。けれど、もう大丈夫です。」

『…ハウンドドック先生、あまりそう怒らないでやってください。彼も文化祭を大切に想うからこそのとった行動です。それにこの戦いに関しては、途中から私も関与しています。
彼にケガを負わせてしまったのは、私自身の責任です。どうぞ処罰を下すのであれば、彼ではなく私にお願いします。』

「「なっ…零(さん)?!」」

どうやらハウンドドックは、血が上ってこちらの存在にすら気づいていなかったらしい。
先ほどまでの凄まじい怒りはどうやら少しばかり落ち着いたのか、逆立った毛並みは元へと戻り、静かにこう言った。

「まぁ…今回は零に免じて今は咎めないでおこう。しかし文化祭が終わった後は、全力で説教だ。いいな!」

「は、はぃっ…!」

「ひとまず零くんは彼を頼む。我々で警察に連絡しよう。」

『お願いします。』

どうやら事は穏便に済ませられたようだ。
ハウンドドックとエクトプラズムは、自首を希望した二人を連れて一旦その場を去った。
ようやく緑谷と二人になったのを確認した後、小さく息を零して彼と向き合った。

『遅くなってゴメン。まさかこんな事になってるとは…』

「いえ、こっちこそすみません…零さんまで巻き込むような形になってしまって…」

申し訳なさそうに頭を下げる彼を見ては、目の前にある頭に思い切り手刀を当てた。

「いっ…!」

『今はそんな事気にしてる場合じゃないでしょ。デクくん、買い出し行ってたんでしょ?見たところ荷物持ってないけど。』

「あぁっ!しまった、あそこに忘れてきた…!」

『急いで取りに行こう。走りながらそのケガ、粗方治してあげるから。』

「…何からなにまですいません…」

『はい、すぐ謝らない。次謝ったらマジで殴るから。』

「えぇ!?」

冗談でそんな脅しを吐い、それに驚く彼に笑いながら、荷物を取りにその場を後にしたのだった。


15/22

prev | next
←list