文化祭


爆豪勝己は全速力で自室に戻ったあと、全身の力が抜けていくかのように、その場にしゃがみこんだ。

「あっぶねぇ……なに余裕無くしてんだ、俺は。」

情けない独り言が零れる。

先日保健室で立ち聞きしてしまった零と死柄木弔の接触の件について、ずっと考えていた。

ところどころ言葉を選んで有耶無耶にしていた様子と、あの酷い方の傷。
自分も似たような感情を持っているからこそ、大凡奴がとった行動に見当がついた。

死柄木弔は零に好意を持ち、彼女の心を支配して自分のモノにしようとしている。

そして彼女はきっと、その時体感した死柄木弔という男に……そういう思考を持つ“異性”に怯えているという事に。

だからこそ、最初は特訓を一時中断すると言いだした零の要望も受け入れた。
多方今はまだ彼女自身も整理がついておらず、どう接していいのかすら分からなくなっているのだろう。

しかし日はあっという間にすぎていく中、零との距離はどんどん広がっていった。

彼女とゆっくり話すこともなかなかできず、このまま文化祭を迎えるにはどうも癪で、とうとう前日の皆が寝た時間を見計らって、行動に出た。

案の定、零は屋根の上に昇って空を見上げていた。
背後から近づいても隙だらけで、敢えて押し倒す体勢をとってみれば、やはり身体は死柄木弔に植え付けられた恐怖心で震えていた。

気に入らなかった。
本来なら手に入れたいものはどんな手段をとろうとも、自分のものにしてやりたいと思う。
しかし零だけは違った。
どう動いても鈍感で、終いには自分の事を優しいだのと言って無防備に近寄ってくる。
そして彼女と接していくうちに、時折見せる弱い部分も、強く勇ましい姿も、全部手に入れたいと思うようになった。

だからこそ、完膚なきまでに零に勝利するまで、珍しくも慎重に…奥手に動いていた。

しかしひょんなタイミングで現れた敵が彼女に手を出し、男を意識するようになっただけならまだしも、避けられるようになってしまってはどうしよもない。

しかもその相手が相澤や轟ならまだしも、死柄木となれば話は別だ。
ひとまず別方向に向いてしまった彼女の意識を、こちらに戻さねばならない。

だからこその強行突破でとった行動だった。

しかし実際、零に手を出した瞬間、目の前にある魅力に吸い込まれていくように、欲がどっと溢れ出るような感覚になった。
普段は強気なのに、いざとなるとこの身一つ押し返せない弱々しい力。
咄嗟にとった行動が頭突きで済んだものの、危うく理性が吹っ飛んで本当に手をだしてしまうところだった。

「……ガチではまってんじゃねぇよ、ダセェ。」

自分に問いかけるようにそう吐き捨てては、彼女に触れた手のひらを眺めた。
男という生き物に恐怖を抱く震えたか細い腕の感覚が、未だに残っている。

本来好意を抱いている相手が弱っているのであれば、普段の零に接する轟のように、気障で優しい台詞を言ってやった方がよかったのかもしれない。
もしくは、相澤のように包容力のある言葉や行動で彼女を慰めてやればよかったのかもしれない。
だが仮に二人を真似てそれをしたところで、彼女の心に届くとは到底思えないし、“自分らしさ”で勝負しなければ何の意味もないのだ。

もう一度深くため息を吐き出しては、重い足のまま布団の中に入り、明日の文化祭に向けて睡眠をとる為に目を閉じる。

…しかし数秒後。
零を押し倒した時の感覚や記憶が頭の中でグルグルと駆け回り、冴えてしまった目を再び開けては、こう叫ぶのだった。

「……って、俺が寝れねぇじゃねぇか、クソがッ!!」



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