文化祭


文化祭の準備期間の土曜。

1-Aはダンス隊、バンド隊、演出隊に別れて作業を進めていた。

緑谷出久は寮の外にて芦田指導の元、ダンスの練習に励む。

練習のさ中、無数に広がる青空を見上げると、寮の屋根に微かに人の姿が見えた。それが誰であるかは愚問だ。

「……」

ここ最近、零の様子がおかしいような気がしていた。
普段からよく物思いに耽ける傾向はあるが、ある日を境にそれが頻繁で、何となくだが自分達との間に距離が生まれたような感覚がした。
それ以上に気になるのは、時折見せる悔しそうな…切なげな表情だ。

その変化に気づいているのは、恐らく自分だけではない。
後になって振り返れば、爆豪や轟なんかはもっと早くに気づいていたのだろう。
零を目で追うと、時々目が合うのがその証拠だ。

しかし現状は、その理由を彼女本人に聞けずにいる。
確かに彼女の立場上等から考えると、今回の件は他言してはならないことなのかもしれない。

それでもどこか、寂しいとさえ感じていた。
上手く言葉で言い表せないが、今までに縮まった距離感がまた逆戻りしたような…そんな感じだった。


零から目線を下げて再び視線を前へと戻すと、ふと視界の中に見覚えのある人影が映りこんだ。

「あ、通形先輩っ!」

咄嗟にその名を呼べば彼は木の葉に潜み、代わりに壊理が姿を現した。

「「壊理ちゃん!!」」

ダンス組が彼女の元へ駆け寄る。
蛙吹と麗日は事の発端の死穢八斎會の件で面識があり、久方ぶりに見た彼女に嬉しそうな表情を浮かべていた。

そしてその場に相澤も登場しては、彼女がここにいる経緯の説明を始めた。
校長が文化祭に来る前に、人の多い環境に慣らせるために壊理を歓迎したという。

他の生徒も彼女を一目見ては歓迎の気持ちで駆け寄って声をかけるが、やはり人との接触にあまり慣れていない壊理は、すぐに通形の後ろへ隠れて行った。

「あの……」

消えそうな、壊理の小さな声を耳にした。

「どうしたの?壊理ちゃん。」

「零お姉ちゃんは、今日いないんですか……?」

「零さん?えーっと…」

そうだ。彼女にとって、零は姉的存在であり、最も心を開いている相手でもある。
しかし零は今、いつもと少し様子が違う。
どう説明しようか悩もうとしていると、ふと背後から当人の声が聞こえ、肩をビクリと震わせた。

『壊理…!来てたんだ。』

「零お姉ちゃん!」

「師匠!!」

『……師匠はやめてくれ、ミリオ。』

「やめないね!だって師匠だし!」

『……』

「「師匠??」」

「そうさ!零さんは俺の師匠なんだ!」

首を傾げる飯田たちに、通形が胸を張って答えた。
零は呆れた表情を浮かべ、聞き耳を立てない彼に大きく息を零した。

一見いつも通りに話す零に、相澤は目を逸らさずじっと見つめては、深刻な顔をしたまま彼女に耳元で小さく呟いた。

「……ちょうどいい。お前も毎日気ぃ張ってないで、少し壊理ちゃんと校内を回ってこい。」

『……はい。』

そのやり取りが聞こえたのは、たぶん一番近くにいた自分だけだった。
やはり先日彼とふたりで教室を抜けた時に、相澤には事情を説明したのだろう。
しかし、一番強い絆の彼に話してもこの調子となると、よほど重要な問題を抱えているのだと実感する。
やはり自分では力になれないのか、と複雑な感情を抱きながら、もう少し様子を伺おうと、零と通形、壊理と共に校内を回り始めたのだった。



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