文化祭


相澤消太は零がしっかり治療を受けた後、彼女がどうしてももう一度プレゼントマイクのところへ謝罪へ行くと言い出したので、付き添うことにした。

校舎内の廊下を二人きりで歩く中、隣にいる零の心境を探った。
恐らく昨晩の死柄木との接触で、彼女自身の警戒心はフル活動しているのだろう。
それ故に殺意がない相手だろうと、近づいた者には見境なく戦闘態勢をとってしまうのだ。
さっきのやり取りや表情からは今回の事をそう重く捉えていない様子だったが、どうも実際は異常なまでに気にしているらしい。

正直無理もないだろう。
零を女として扱い、加えて絶対的な恐怖を植え付けた相手は恐らく奴が初めてだ。

ただ、自分はあまり奴に対して強く言える立場でもないという自覚があった。
ここ最近彼女といろんな出来事があったせいか、紛らわしていた自身の彼女への想いがあまりにも大きく膨らみ、受け入れざるを得なくなった。
欲を言えば自分だって零を“一人の女”として傍においておきたいと思うし、他の男に目を付けられないように独占だってしたいと思う節がある。
それでも行動に出せないのは、零の今までの歩んできた道を知り、彼女の気持ちを尊重しているからでもある。そして何より、自分自身が今の関係が崩れてしまう事を恐れているからだ。

複雑な感情を抱いて口を閉ざしていたせいか、ふと弱々しい小さな声で隣を歩く零が名を呼ぶのを耳にした。

『…消太さん…』

「…なんだ。」

『…やっぱり、怒ってますか?さっきからずっと考え事してるし、眉間に皴寄ってるし…』

「いや、怒っちゃいるが怒ってない。」

『…どっちなんですか、それ』

「怒ってる。」

『…怒ってるんじゃないですか』

「まぁなんだ。確かにお前が隠したい気持ちもわかる反面、そんな大事なことをどうして黙ってたのかっていう気もあってな。俺としても少し複雑なんだ。」

『…』

素直にそう告げれば、彼女は眉を下げて困った表情を浮かべた。
当たり前の事だが、今回の件で一番後を引きずるのは零自身だ。
自分がどうこう言っていつまでもギスギスした関係を作り上げるよりは、彼女がより早く気にしなくなるよう、手をまわしてやればいい。
それにはまず、周りが彼女を死柄木の呪縛から解き放してやる事が先決だ。

小さくため息を零して一度気持ちをリセットした後、少し強めに頭の上に手を乗せ、わしゃわしゃと髪をかき乱してやる。
そして上目遣いで見つめる零に、こう言ってやった。

「大丈夫だ。お前が死柄木にとられないよう、俺たちが全力でカバーするさ。ま、死柄木だってお前の本質を知れば、こんな女は嫌だって願い下げされるかもしれんがな。」

『ひ、酷い!そんな言い方ないじゃないですか!』

「寝込みに近づいて殺されそうになる日常を送りたい奴なんて早々いないだろ。それにお前、死柄木に負けるような弱い奴じゃないだろ?」

『…そう、ですね。』

目を大きく見開いた零は、少し考えた後、再び凛とした声でこう続けた。

『あんな奴に手玉にされる程、私はそう簡単に落とせる女じゃないです。そもそも私、自分を女だと思って生きてませんし。』

「いや、少しは思え。お前もうすぐ成人迎えるんだぞ。振り回される俺たちの身にもなれ。」

『え、迷惑かけてます?』

「そうだな。まず人前で平気で着替える事をやめろ。どんな根拠があって迷惑かけてないつもりだよ…」

呆れた様子でそう吐き捨てれば、彼女はうーんと唸って難しい表情を浮かべていた。

そんな彼女を余所に、これから零のためにどう動くかという計画を必死に思考を凝らした。

今回の件を覆す何かがなければいけない。
口では吹っ切れたような物言いをするものの、恐らく零の中では重くのしかかっているままだろう。

ひとまずマイクに謝罪が終わった後、今回の件の報告も含めて校長室へと向かう事を決意したのだった。



ーーーーーーー

零:『マイクさん、本当にさっきはすいません!』

マイク:「いやぁいいっていいって!俺もびっくりしたけど、さすがの零ちゃんも殺すつもりじゃなかっただろ?オーケィオーケィ!」

零:『いえ、殺すつもりでした。』

マイク:「えぇっ?!」

相澤:「いや、お前そこは正直に言うなよ…嘘でもなかったって言っとけ。」

マイク:「おーいイレイザー、聞こえてんだけど?!」

零:『どうしよう消太さん!余計怖がらせちゃいました!』

相澤:「大丈夫だ、こいつは殺る時は一瞬で、そう痛みも猶予もない。楽に死ねるぞ。」

マイク:「おいイレイザー、それ全然フォローにもなってねぇから!っつぅかお前ら二人して平然と言うな!怖ぇよ…!」

零:『消太さんも怖いって、あはは。』

相澤:「いやだからお前だよ、お前。」

マイク:「おめーら二人だよ!!!!」



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