文化祭


零が相澤に腕を引かれながら到着した場所は、保健室だった。

中からリカバリーガールとオールマイトが和気藹々と話している声がする。
しかし、勢いよく扉を開けた相澤の顔が余程恐ろしかったのか、二人ともビクリと肩を震わせ、サッと血の気が引いた様子だった。

「リカバリーガール、すみません。こいつの怪我、少し診てやってもらえますか。」

「零ちゃんの?」

「……?!零くん、どうしたんだその肩はっ!」

オールマイトが肩から流れている血に気づき、慌てて椅子から立ち上がる。
リカバリーガールの前へ連れてくると、相澤はようやく引いていた腕を解放し、今度は力強く頭を押して無理やり椅子に座らせた。

『いだっ、』

「よろしくお願いします。」

「あ、あんたせめてもう少し優しく扱ってやんな…」

「あ、相澤くん…怖いな……」

彼の怒った姿を今までに見た事がある二人も、酷く動揺して狼狽えているのが分かる。
もちろん怒らせた原因は自分にあると分かっていたので、とても落ち着いてなどという言葉は間違っても吐けない。

「どれどれ…?」

『…すみません、一応自分で応急処置もしたはずなんですけど。』

制服のシャツのボタンを外し、肩から下ろす。
リカバリーガールは雑に巻かれた包帯をゆっくりと解き、傷口が露になった瞬間、大きく口を開けて驚きの様子を見せた。

「ちょっ、なんだいこれは!?」

「酷い怪我じゃないか……授業中によそ見でもしてたのかい?」

「いえ、授業中は至って普通でしたよ。俺が気づかぬぐらい、何食わぬ顔で参戦してました。零はこういうの隠す事に特化してますから。」

『……』

刺々しい相澤の言葉に顔を歪める。
オールマイトは最早苦笑いを浮かべ、相澤をこれ以上不機嫌にさせまいと言葉を飲み込んでいた。

リカバリーガールは消毒やらガーゼやらを用意しては、小さな身体で必死に手を伸ばして治療を始めた。

「……あんたこれ、誰にやられたんだい。」

『……やはり貴方には、この傷がどうやって付けられたのかお見通しですか。』

「あんた私をなめんじゃないよ。何年リカバリーガールとして治療をしてきたと思ってんのさ。」

フンっと鼻を鳴らす彼女に、肩を竦めた。
相澤とオールマイトは不思議そうに首を傾げてそれを眺める。
ここまで来てしまっては、隠す方が難しい。

どのみちあの男と接触してしまった事は、オールマイトには告げなければならない事だった。

ようやく昨晩の出来事を話す決意を固め、ゆっくりと口を開いた。

『…実は昨晩、死柄木弔と偶然接触しました。』

「「「……は?!」」」

三人の表情が怖ばるのがわかる。
それほど奴は、この雄英高校にいる人達にとっては驚異的で、そして最も警戒心を強める相手だからだ。

リカバリーガールの治療を受ける中で、死柄木弔との言動を簡潔に説明した。
彼らは最後まで口を挟むことなくそれを聞き、暫く沈黙の時間が流れたあと、最初にそれを破ったのは相澤だった。

「…まぁ、相手が奴で、しかもタイマンで無事に戻ってきただけ、幸運と思うしかないな。」

「あぁ、いやぁ…本当に無事でよかったよ……」

「無事なわけあるかいっ!この子は治癒能力が効かないんだ!この傷だって、一生残っちまうんだよ!」

『……リカバリーガール、それは今更なのでいいんですよ。それより皆さん、私からひとつお願いしたいことがあるんですが…』

眉を下げて申し出れば、三人は聞き耳を立ててくれた。
自分が奴に蝕まれることはまだいい。
それよりも、最も恐れていることが一つだけあった。

『…この件が、クラスの皆に伝わらないようにしてください。彼らは何度が接触していて、奴を恐れています。今も文化祭を楽しみにしていますし、いつ奇襲をかけてくるかも分からないような相手に、怯えて欲しくないんです。……特に、緑谷とかっちゃ……爆豪くんには。』

「……それで黙ってたのか。」

相澤の零した言葉に、小さく頷いた。
1-Aの生徒の中で最も死柄木弔の恐ろしさを目の当たりにしたのは、今名前を出した二人だろう。
当時直接関わってないとはいえ、やつの拠点を調べたのは他でもない自分で、その後の報告書なども目は通した。
そして昨晩、その悍ましい本人と接触したことで、ようやく自分自身も奴の恐ろしさを理解したのだ。

「…わかった。この事は我々だけでとどめておこう。死柄木の言うこともあながち本当の事かもしれんからな。」

『そうですね…。文化祭は何が何でも成功させたい。私も、全力を持って警備します。』

「その前にあんたはこの傷を治す努力をせんかいっ!」

『いたいっ!』

リカバリーガールに不意打ちで思い切り額を平手で押され、思わず情けない声が漏れる。
ひりひりと痛むのを必死に涙目で抑えながらも、怒った彼女に小さく何度も頷いた。

室内はどっと笑い声で溢れ、緊迫感漂う空気から和やかなものに変わった事に小さく安堵の息を零したのだった。



ーーーーー

「…んだよ、そういう事かよ、クソッ!」

爆豪勝己は扉の向こうで告げられた真相に、思わず掠れた声が漏れる。
零の様子が気になって後をつけてきたはいいが、途中から話の内容が気になって、最終的には立ち聞きしたことになってしまった。

結局中に入る事も敵わず、ただ心の中に自身の弱さへの苛立ちと、死柄木への怒りを押し殺しては、その場を去っていった。



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