文化祭


文化祭の出し物の会議が供用スペースで行われる中、爆豪勝己は窓の前で一人外を眺めている零の姿を目にした。

「…おい、零。」

『…かっちゃん。』

いつもなら近づいただけで気配に気づく彼女が、声をかけるまで自分の気配を悟れなかった。

…こいつ、何か考えてやがる。

直感でそう思った。
零は一度はこちらを見つめては、再び窓の外へと視線を戻す。
素っ気ない態度に少しだけ違和感を感じながら、彼女に口を開いた。

「テメェ、この前から少し様子がおかしいだろ。何かあんのか?」

『…やだな、何もないよ。』

「嘘つけ。テメェが空見てる時は、いつも何か思いつめた時が多いって事くらい、とっくにバレてんだよ。」

苛立ちを乗せた言葉に、彼女は唖然として再びこちらへと顔を向けた。
言葉に詰まる様子からして、どうやら本人も自覚がなかったらしい。
パクパクと口を何度か開いては閉じ、どうにも言葉が出てこなかったせいか、大きくため息を零した。

『全く君は…よく私を観察してるうえに、本当にいつも痛いところをついてくるな。』

「俺を誤魔化そうとするなんざ、100年早ぇよ。…んで、何考えてんだよ。」

他の生徒たちが文化祭の話題で夢中になる中、彼女と肩を並べて同じように夜空を見つめる。
零はしばらくこちらの顔を見つめては、肩で小さく息を吐き、それに応えた。

『まぁ思いつめてるっていう程でもないけど…。皆文化祭に力入ってるからさ。今回警備にあたる身としては、当日はよりアンテナを張り巡らせないとなって考えてるだけだよ。』

「…ふぅん。それだけか?」

『え。』

まだあるだろ。と付け足されたようなその威圧感に、再び零はぎょっとする。
しばらく沈黙が流れた後、彼女は声を押し殺して笑った。

『あぁ…かっちゃん。本当にやな奴だよ、君は。』

「はぁ?!堂々と悪口吐いてんじゃねぇよ!!」

『…今まで私の変化を理解しようとした人はいても、何も言わずに察する人なんていなかったんだ…本当に、君といると、いろんな意味でやりづらい。』

「…そうかよ。そりゃ残念だったな。」

そう吐き捨てれば、零は苦笑いを浮かべてスッと顔を上げた。
真っ直ぐ夜空を見つめる彼女の横顔は、凛としていて美しい。
思わず息を呑みそうになるのを耐えつつ、彼女の零す小さな声に耳を傾けた。

『文化祭…みんなが楽しみにしてるんだ。何とか無事にやれる環境を作ってあげたい。だからこそ、私が当日警備にあたるんだけど…少し、不安でさ。』

情けなく微笑む零は、まさに不安な心を露わにしていた。
彼女ほどの強さがあって、何をそんなに不安に思うのだろう。
自分からすれば、零が当日警備にあたるというだけで、口には出せないがこの上ない心強さがあるとさえ思う。
正直どのヒーローよりも強く、どのヒーローよりも信頼しているといっても過言ではない。

それでももし、彼女が不安を抱いているとするならば…

「…まだ、望月家との事引きずってやがんのか。」

半ば当てずっぽうで静かに零したその一言に、彼女は小さく首を縦に振った。

『大切な人ができればできるほど、守りたいという気持ちが強くなる。校長も私がいてくれれば安心だと言ってくれて任せてくれたけど…正直万が一の事を考えると、私だけでは皆を守り切れる自信がない。』

どうやら先日の事件で、クラスの奴らが重傷を負った光景が彼女の記憶に強く残ってしまったらしい。
微かに震える零の声に胸を締め付けられつつ、強く彼女の頭の上に手を乗せた。

「…バカか。確かにテメェの強さは、ウチの連中は誰もが認める程のもんだ。だが、だれもテメェ一人でなんとかしろなんて、考えちゃいねぇんだよ。」

『…かっちゃん。』

「変に気負いしてんじゃねぇ。何かあったらちゃんと言え。…ま、認めたくはねぇが腐っても俺はテメェの一番弟子みてぇなもんだからな。テメェがどうしよもねぇ時くらい、手ぇ貸してやる。」

『……』

ぽかん、と口を開けてこちらを見つめる零に、意地の悪い笑みを浮かべる。
すると彼女は、肩を竦めて小さく声を吐き出した。

『ありがとう…。でもゴメン、言い難いだけど、かっちゃんよりも先に弟子になった子がいるから、実は一番弟子じゃないんだよね。』

「……あ?」

…突っ込むところはそこなのか?
いや、そもそも俺が一番じゃねぇってどういう事だ。
こいつ、いつ別の奴に稽古つけてる暇があったんだ…?

頭の中が混乱して、しばらく反応に遅れる。
初めて突き付けられた衝撃的な言葉に言葉を失っては、再びこみあげてきた怒りに任せ、怒鳴り散らした。

「…はぁ?!テメッ…今更なんのカミングアウトだッ!っつーか、俺より先ってなんだよ!どこの誰だこのクソ野郎っ!」

『お、落ち着いて!それには事情が…、……?!』

胸倉をつかんだ先の彼女が弁解しようとすれば、一瞬の間に表情が切り替わり、張り詰めた空気が流れた。

何を察知したのかはわからないが、目を細めて再び窓の外をじっと睨みつけている。
“朧”と化した彼女の気迫さには、相変わらず手に汗を握るほどの威圧感を与える程だ。
密かに息を呑みつつも、彼女に恐る恐る声をかけた。

「…お、おい…んだよ急に……」

『…悪い。少し出てくる。』

「ってコラ、零!!」

掴んだ腕は簡単にするりと抜け、零はそのまま窓から勢いよく外へと飛び出し、早々に姿は暗闇の中へと消えていってしまった。

「…んだ、アイツ…」

本人には聞こえもしない独り言を零しつつ、妙な胸騒ぎを覚えた。
あれだけ瞬時に警戒した彼女を見る事は、なかなかお目にかかれるものではない。
一体外に何を感じたというのだろうか。

密かに心の中で嫌な予感を抱きながら、ひとまず文化祭の打ち合わせに渋々参加するのであった。


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