文化祭
轟焦凍は、昼休みに制服姿で校内をうろうろしている零の姿を見つけては、彼女の影響力に驚いた。
食堂から教室へと戻るための長い廊下を歩く一人の姿に、行き交う生徒が一度は目を奪われて足を止めているのだ。
中にはまるで一目惚れでもしたかのように、 男子生徒が顔を真っ赤にして、零の通り過ぎる姿を茫然として眺める光景や、同じ同性でも一度は見惚れ、どこのクラスで何年生だろうか、という小さな会話が飛び交っている。
そんな当の本人は全くもって他人の視線に気づいている様子もなく、辺りを見渡すように四方八方に顔を向けては、ただ只管歩いていた。
「…零。」
多くの視線が飛び交う中、彼女に唯一話しかけられる自分の優越感に少しだけ浸りながらも、彼女の名を呼ぶ。
零は少し遅れながらも立ち止まり、顔を振り向けた。
『ん?』
隣へ来た事を確認すると、再び足を動かし始める。
周囲から集まる視線に再び警戒しながらも、更に零との間にある距離を詰めた。
不用意に話しかけてくるような変な男に狙われても嫌だ、という自分の独占欲から無意識に出た行動だった。
しかし零は、こちらのそんな心境を悟ることなく、何食わぬ表情で足を進めていた。
「…最近結構校内をうろうろしてる事多いな。何か意図でもあるのか?」
『あぁ…文化祭が行われるでしょう。私、校内の警備にあたるから、一応今歩いて構図を確認してるところ。』
「…へぇ。って事は、零は文化祭…普通に回れないのか。」
そう零すと、零はさも当然かのように頷いた。
分かってはいた。
本来彼女は、雄英高校の生徒でも何でもない。
敵から自分たちのような生徒を守るために雇われた、こういう時のためのセキュリティ要員だ。
けれどもここ数か月の間、特に1-Aのクラスの連中にはすっかり打ち解けて、今となってはクラスメイトの一人として一緒にいるような、当たり前のような存在なのだと錯覚すらし始めていた。
それにこの様子だと、文化祭というものがどういうイベントなのかもしらないであろう。
だからこそ、当日はいろいろ見て周りたかった、とさえ思う。
そして恐らく、そう思ってるのは自分だけじゃない。
クラスの皆が彼女に喜んでほしくて、心から笑ったところが見たい…という気持ちが、文化祭を成功させたいと活気立っている部分もあるだろう。
『…どうかした?』
「あぁいや…せっかくなんだし、その、少しくらい…零も文化祭に参加できねぇのかなって思ってさ…。」
情けなくも小さくなっていく声でそう零した。
零は目をぱっちりと見開けては、自分の言葉に余程驚いたのかしばらく硬直した後、再び口を開いた。
『…休憩時間とかもらえたら、参加するよ。それにみんなの出し物も気になるしね。最悪リアルタイムで見れなくても、誰かに録画しといてもらうから大丈夫だよ。』
「…、」
彼女が口にした言葉に、どことなく違和感がある事に気が付いた。
どううまく説明したらいいのか分からないが、何か別にある感情を隠すかのように、割り切っているような…そんな雰囲気だ。
こういう時、人の気持ちや変化に敏感な爆豪なら、彼女の内なる本心を瞬時に察知して、当ててしまうのだろうか。
最近の爆豪は、妙に零に気を許している。
それどころか、日に日に親し気な様子で話している光景も見かけるし、あのクラスメイトの名前すらいまだに覚えていない彼が、彼女の事はしっかりと名前で呼んでいるし、バカにもしない極度の特別扱いだ。
元々歳上だとかそんな常識を気にするような人柄でもない彼が、どうして零にそういう態度をとっているのか。
そして先日起きた望月家と服部家の戦いの時。彼が彼女に対して吐いた言葉。
考えればわかる事だ。たぶん、彼は自分と同じなのだ。
その気持ちに気づいてしまったからこそ、爆豪には負けたくない思いがより一層強まり、零にもっと近づきたい、と密かに心の中で願うのであった。