文化祭


零は久方ぶりに、校長に許しを得て壊理が入院している病院へと訪れていた。

「あっ!零お姉ちゃん!」

『やあ、壊理ちゃん。具合はどう?』

病室を覗くなり、パッと表情を明らめる彼女につられて微笑みながらも足を踏み入れた。
そこには既に自分よりも頻繁に通っている通形の姿があり、彼はこちらの声を聞くなりびくりと肩を揺らした。

「し、師匠…!!」

『その呼び方はやめてくれって言っただろ、ミリオ。』

壊理よりも嬉しそうな表情で今にも飛びついてきそうな彼に、呆れて大きくため息を零す。
そう呼ばれるようになったきっかけは他でもなく、死穢八斎會の一件を終えた後、ナイトアイに託された彼とは時間が合えば修行をつけるようになったからだ。

歳も一つしか変わらないというのに、この個性を嫌がるどころか彼はいつも尊敬のまなざしで見てくるから、違った意味でやりにくい。

「師匠?零お姉ちゃん、ルミリオンさんの師匠なの?」

『あー…いや、それには事情が…』

「そうなんだよ、壊理ちゃん!彼女は今の俺の師匠なんだ!すっごく強くて、かっこいいんだよね!」

「強くて…かっこいい…」

通形の勢いに乗せられたのか、彼女もキラキラとした目でこちらに視線を向けてくる。
慣れない空気感に居心地の悪さを覚えつつも、ひとまず椅子に腰を下ろして彼女と向き合った。

『壊理ちゃん、雄英高校の文化祭に来ることになってるんだよね。』

「う、うん…」

「師匠もその話、知ってたんですね。緑谷からですか?」

『いや…校長と消太さんからだよ。今回文化祭を開催するにあたって、今まで以上にセキュリティを強化しなければならないからね。だから私も、当日は校内の巡回を中心に行うことになってる。』

「…」

真実をそのまま告げれば、壊理は目線を下げて落ちこんだ様子を見せた。
通形はそんな彼女を心配そうな目で見つめる。
しばらく沈黙が流れた後、最初に耳にしたのは壊理の小さな声だった。

「じゃあ…零お姉ちゃんとは一緒に歩いたり、できないんだね。」

「でもさでもさ、壊理ちゃん。師匠が学校内を警備してくれてるからこそ、楽しい文化祭が行えるんだよ。それって、すごい事だよね?!」

必死にフォローする通形に、壊理は小さく頷いた。
どうやら自分と周る事を楽しみにしていた様子だ。
数日前、望月家との闘いにより一時的に幼児化したからこそ、今の壊理の気持ちが何となく理解できるような気がした。

絶望の日々を送ってきた今までとは違う、新しい不思議な感覚。
そして手を差し伸べてくれる優しい人たちに、甘えたいと思うがやり方を知らないぎこちなさ。
まるで本当に昔の自分を見ているかのようで、酷く懐かしい気になった。

『…壊理。』

同じような道を歩んできたからこそ、かけてやれる優しさがあるだろう。
そう思って彼女の頭の上にそっと手を添えて、穏やかな表情を浮かべてこう言った。

『ゴメンね。文化祭を行うには、どうしても警備につかなきゃいけないんだ。でも…これだけは覚えておいて。もし何かあっても、壊理が私を呼んだ時は必ずすぐ駆けつけるから。』

「ほ、ほんと?」

壊理の声が少しだけ元気を取り戻したのが伝わってくる。
それを見てはニカッと笑みを浮かべ、わしゃわしゃと頭を強く撫でた。

『もちろん。私は壊理の“お姉ちゃん”だからね。』

「…うんっ!」

『それに、さすがにずっと警備しているわけじゃないと思うから、少しくらい壊理と一緒にいれる時間も作れると思うよ。そしたら一緒に歩こう。』

「…うんっ!!わかった!!」

頬を赤らめて、頭を撫でられるのをくすぐったそうに首を縮める彼女を見ては、安堵の息を零した。

この子だけは、もう自分のような辛い思いをさせたくない。
例え血がつながっていなかったとしても、妹のようにかわいがってやりたい。
愛情を与えて、闇に捉われた人生を歩まなくて済むようにーーー。

そんな思いを抱きながら、壊理と少し他愛ない話をして時間を過ごした。

この時通形が、二人の話す姿を切なげな表情で見つめている事など、知る由もなかった。



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