文化祭


ーーー10月。
雄英高校に、秋がやってきた。
そして生徒たちが盛り上がるイベント事、文化祭の話が相澤から告知され、生徒たちは学校らしい行事に胸が高鳴る。
しかし窓越しに座っていた零は、皆の歓喜の声を聞いてもなお、他人事のように空を眺めていた。

そんな時、そばに居た爆豪がこちらの様子をじっと眺めているのに気づき、一度顔を彼の方へと向けた。

『…なんかついてる?私の顔。』

「はァ?なんだそのくだらねぇ理由。んなわけねぇだろ。それより、さっきから何黄昏てやがんだよ。」

『いや……なんでもないよ。』

素っ気ない返しをしては、再び青空へと目線を向ける。

先日、今話題となっている文化祭の件で根津校長の元へ直々に警察庁長官が足を運ぶ場に同席したことを思い出していたーーー



「文化祭は自粛したまえ。」

警察庁長官殿が、校長室に訪れて最初に吐いた言葉はそれだった。
どうやら敵が日に日に力を増し、ヒーロー達も不安定が続く中、今回の文化祭というイベント事は政府自体も反対らしい。

けれど、根津校長は彼らを前にしても引くどころか頭を下げて決行を頼み込んだ。

それも、誤作動であっても万が一セキュリティが作動した場合は、即文化祭を中止する。という厳しい条件をつけて、だ。

正直文化祭がどういう物なのか、どれだけの規模なのかも学校に通ったことの無い自分は知らない。

ただ、今回は先日死穢八斎會から救出した壊理がそれに客として来る予定で、彼女を楽しませてやりたいという通形と緑谷の計画と、彼らに頭を下げて頼み込む校長の姿勢は、自分の心を動かすには充分の要素だった。

だからこそ、この名を使うことを惜しむことなく彼らに告げる決意がついたのだ。

『…長官殿、大丈夫ですよ。当日は私も警備に当たりますから。そう心配なさらないでください。』

部屋の壁に預けていた背中を起こし、校長の隣に立ってそう言うと、彼らは小さく首を傾げた。

「……君は誰だね?」

『失礼いたしました。私は、警察庁公安部警備局の久我捜査官の元、隠密ヒーローとして所属しております、“朧”と申します。』

資格証を彼らに見えるようにさっと提示してそう名乗ると、みるみる表情は変わり驚いた様子で口を開いた。

「ま、まさか君が……?!なぜ……!」

「実は…情けない話ですが、我が雄英高校を敵から守るため、少し前から直々に彼女に警護任務についてもらっています。」

校長がそう告げては、情けない笑みを浮かべてこちらを見つめた。

ーー君にまで助け舟を出してもらって申し訳ない。

と言う彼の言葉が、触れずとも伝わってきたような気がして、少しだけ小さく微笑み返した。

「し、しかしだな……!」

動揺する彼らの方へ再び視線を戻し、低い声で返した。

『…長官殿は、私の力だけでは力量不足だとお考えでしょうか。』

「ま、まさか!むしろ君のような逸材がどうしてこんな所に……!」

『根津校長とは以前から少し顔見知りでしてね。ここには私の大切な者達が多く集まる場所でしたのでお引き受けしたんですよ。ですので、文化祭当日は私が全力を持って警備致します。如何でしょうか?』

得意げにそう告げると、彼らは返す言葉もないのか言葉を詰まらせては、悔しそうな表情で拳を握り、逃げるようにドアへと向かった。

「き、君がそこまで言うのなら……今回の件、先程の条件で飲みましょう。……くれぐれも、お約束をお忘れないように。」

「ご安心を。私も多くの生徒の命を預かる身として、最大の配慮をするつもりでおります。」

『もし万が一セキュリティを突破されるような事があれば……その敵を手見上げに、警察庁へとお伺いしますよ。』

フッと笑みを浮かべてそう吐き捨てると、彼らは「失礼する!」と悔しそうにその場をあとにした。

どうやら自分がここで根津に助け舟を出したのが、余程予想外で悔しかったらしい。

去っていった背中をしばらく見つめた後、大きくため息を吐き出せば、校長がそばまで寄り添って口を開いた。

「すまなかったね……こんな見苦しい場で君を頼ってしまって…」

眉を下げる彼の表情は、他の教員たちからすればさも珍しい光景だろう。
そんな彼に首を左右に振っては、いいえ……と続けた。

『あなたの助けとなるなら、この名もこの地位も、喜んで使わせて頂きますよ。雄英高校に来るきっかけを、根津さんが作ってくださった……その為のご恩をお返しするのには、まだまだ働きが足りません。』

「君は相変わらず律儀な性格だね。そんな事を“恩”と感じないでおくれよ。私は君が来てくれただけで、充分嬉しかったし、不甲斐ない話ではあるけれど、今も頼りにさせてもらっているよ。」

本当にこの人には、敬服せざるを得ない。
本来ならば気取ってもいい立場であろう人なのに…。
そう思いつつ、小さく笑って彼にこう返した。

『では、そのご期待にお応えできるよう、誠心誠意を尽くさせて頂きます。』

言葉と共に、忍が主に忠誠を誓うように跪いた姿勢をみせる。
根津は穏やかな表情で、「ありがとう。」と小さく呟いたのだった。


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