仲間


寮にやってきた客人は、昨日顔合わせしたばかりの赤星と久我の二人だった。

相変わらずスーツの似合う人達だ、と思いながらも零は入口まで出迎えるべく、小走りで駆け寄った。

『久我さん、赤星さん。どうしたんですか?こんな所まで。』

「君たちの様子を一応確認しておこうと思ってね。」

彼はそう言って、爽やかな笑顔を見せた。

「公安の奴がこんなとこで油伐ってていーのかよ。昨日の今日で忙しいんじゃねーのか?」

『か、かっちゃん…』

なぜか二人を見て急に不機嫌になった彼の口を塞ぎつつ、二人に恐る恐る視線を戻すと、なぜかニタッと意地の悪い笑みを浮かべていた。

「やれやれ、君のとこの生徒は番犬が多いな。」

『番犬?狂犬じゃなくて?』

「おい、誰が狂犬だ!!」

『いやぁ、愚問でしょそれ。』

そう返すと、爆豪は腕の中でもがき暴れ始めた。
何故彼が狂犬ではなく番犬と言われたのか不思議に思う中、久我達にはひとまず上がってもらい、八百万に紅茶を出してもらった。

「まぁ、事件の報告も兼ねて様子見ってところだよ。そう警戒しないでくれ、番犬くん。」

「誰が番犬だコラァッ!」

落ち着いた後の久我の一言に、爆豪が再び突っかかろうとして、上鳴達が必死に抑える。
そしてなぜか彼と同じように、轟も鋭い視線を二人に向けているのに気がついた。

『……?』

「気にするな、零。たぶんお前がその意味に気づくのは難しい。」

『…なんで?』

「はいはい、冗談はさておき。皆さんには、今回は本当にお世話になりました。警察庁公安部の捜査官として、改めて今回の件に巻き込んでしまった謝罪と、お礼を言いにこちらに伺ったんです。」

戦いが終わったあと。
途中で戦場を離れて警視庁の塚内を呼びに行ったオールマイトが戻ってきて、望月家の者たちは無事敵として逮捕された。
本来久我が元々追っていたのは、たまたま今回関わっていた望月家の黒幕であり、署内で裏工作をとっていた橘耕史郎を炙り出し捕らえる事だったため、敵の逮捕は専門である塚内でなければならなかった。

結果だけ見れば、事は大きくなる前に幕を下ろした訳だが、久我の立場からすれば不本意とはいえ生徒たちを巻き込んでしまった件に関しては、酷く負い目を感じているようだ。

人のことは言えないが、ポーカーフェイスで表情から何かを読み取ることか難しい彼の顔から、そんな様子が悟れた。

「別に、謝罪なんて必要ないだろ。」

「え?」

「俺達が好きで、零のそばに居て巻き込まれたんだ。それに今回の件は零を助けたかっただけだし、別にあんたらから謝られる理由も、お礼を言われる立場でもねぇ。俺たちはやりたいようにやっただけだ。」

凛とした轟の声に動揺しつつも、他のみんなは小さく笑って頷いた。

久我はそんな彼らを見て目を大きく見開きつつも、フッと息を吐くように笑った。

「本当に、君たちの彼女を想う気持ちには恐れ入るよ。大事にされてるんですね……零。」

『え、えっと……』

咄嗟にそんな振られ方をして、顔を赤らめて動揺する。なんて返したらいいか悩んでいた矢先、轟に続くように爆豪が口を開いた。

「大事にするも何も、こっちは零に勝つために特訓してんだよ。こいつがいなくなっちまうような事態になっちまったら、意味無くなんだろーが。」

「ははっ!それは高い目標だな。がんばれよ、少年。」

彼の発言に赤星が声を上げて笑うと、爆豪は「うるせぇっ!」とムキになって返した。

そんなやり取りを余所に、久我は再び皆を見つめて背筋を伸ばし、こう告げた。

「それでも、今回僕らが君たちに助けられたのは事実です。せめてお礼だけでも言わせてください。本当に、ありがとうございました。」

深々と頭を下げる彼を見て、生徒たちは慌てて頭を下げ返す。
再び顔を上げた久我は、再び生徒たちを見つめて優しく微笑んだ。

「零さんからいろいろ聞いてはいましたが、本当にいい生徒さんばかりですね…。君たちがヒーローとして活躍する代が、楽しみになりました。」

「いえ、僕らなんてまだまだで……」

「…君たちだからこそ、零さんも心を開いたんでしょうね。」

『え?』

小さく零した久我の言葉を聞き返すと、彼はなんでもないと言って流しては、再び口を開いた。

「…今回服部家の事がいろいろと話に出ましたが、僕は零さんとこれからもパートナーとして、依頼をお願いしたいと思ってます。構いませんか?」

久我の真っ直ぐな瞳を見て、心を打たれた。
父の一件があったにも関わらず、彼は自分を血筋では見ず、一人の“朧”として見てくれている。
父が測っていた政府に対する企てや、父と血族であることはどうあっても無しにはできない。

だからこそ、父の汚名を塗り替えられる程。
自分が隠密ヒーローとして、これからも活動し続けなければならない。
そして今目の前にいる彼らが将来ヒーローになった時、少しでもよりよい環境にできるようにする為なら、喜んでこの立場を受け入れたいとさえ思う。

だから答えは、単純だった。

『もちろんです。可能な限り、“朧”を使ってください。あなたが私でいいと言うなら、私は私の意思で、それに従います。』

「後悔しないで下さいね。後で嫌だと言っても、僕はあなたのような逸材を手放す気はありませんから。」

『…はい。』

得意げな笑みでそう言った久我に小さく頷くと、再び彼に鋭い視線が向いた事に気づき、振り返った。

『……え?』

「んだそれ、意味深なんだよ。この爽やか野郎」

「俺がヒーローになったら、零を勧誘するんで、その時は手放してください。」

『ちょ、2人とも!』

爆豪と轟が噛み付くような勢いでそう久我に言えば、ははっと声を上げて彼は笑った。

「いやぁ、本当に面白いな。そうだな…じゃあ、そんな時が来るのを楽しみにしてるよ。爆豪くん、轟くん。」

「せいぜい余裕ヅラして待ってろや」

「後で後悔しても知らねぇからな。」

『ちょ、ちょっと何でそんなに2人とも喧嘩腰なの?ねぇ、一応久我さん、私たちよりだいぶ先輩……っていうか、ヒーロー志望なら警察庁との接点は重要だよ?なんで目の敵みたいにするかな…』

「気にしないで下さい。僕は子供の言うことは間に受けませんから。」

「「んだとっ?!」」

「ははっ!いやぁ、本当に面白い子達だな、零。お前が変わったのにも納得が行くよ。ま、大事にしろよ零。」

『赤星さん……なんでそんなに楽しそうなんですか。』

「面白くもなるさ。」

普段あまり笑わない彼は、未だに声を押し殺して笑ったまま、席を立った。

「じゃあ、僕らは失礼するよ。君たちも、今後何かあったら僕に連絡してくるといい。今回のお礼と言ってはなんだけど、できる限りの事はするよ。」

「「ありがとうございます!」」

二名を覗いて、警察庁というパイプと繋がった事に大いに喜び、生徒たちは声を合わせて礼を述べた。

実際、久我と繋がっていればヒーローとしての出世コースは相当なものになるだろう。

更に彼らの将来を楽しみにしつつ、久我たちを見送ったのだった。

ーーーー

「…良い“仲間”を持ったな、彼女も。」

「あぁ。あの“公安の人形”と呼ばれたアイツをあそこまで表情豊かにした連中だ。彼らもまた、逸材だぞ。」

「それにしても、あからさまな独占欲を剥き出しにしていた生徒が二名いましたねぇ。」

「ま、本人はそんなことに気付いちゃいないだろうがな。……このままいくと、そのうちアイツにもとうとう“恋愛感情”が芽生えたりしてな。」

「やめてくれ…。そうなった時の敵が多すぎる。」

「苦労するな、久我くん。だが最も強敵なのは……零自身だぞ。」

「そうでした…。まぁ、彼らも子供とは言っても、色んな意味で充分ライバルと呼べる存在ですよ。」

久我と赤星が帰り道。
二人がそんなやり取りをしていた事など、知る由もなかったのだった。



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