仲間


体中の熱が、沸騰するかのように熱くなっている感覚がわかる。
元の姿に戻った後から、自分の様子がおかしい事には薄々気づいていた。

けれどもそれを、止める手立てがもうなかったのだ…。

ようやく記憶を取り戻し、最初に目にした光景は酷いものだった。
大切な人たちが、視界のあちこちに傷を負って倒れている。
誰もが皆、自分を守ろうとして戦ってくれた結果だった。

自分が皆と関わらなければ、こんな服部家の戦いに巻き込こんでしまう事もなかっただろうに…。

自分がもし、あの屋敷で襲撃を受けた時に望月家の忍を倒していれば、彼らがこんな目に合う事はなかったのに…。

記憶が戻ったと同時に、自身を責め立てた。
この感情はなんだ。
心の中がカッと熱くなって、自制心が保てなくなる。

ーーあぁ、これが“怒り”という感情か。

今までこんな風に感じた事はなかった。
それだけクラスの皆がいつの間にか“守るべき君主”から、“大切な存在”に変わっていたのだ。
今なら、どんな事でもできる気がする。
この戦いに彼らを巻き込み、こんな姿にさせてしまった奴らを、一人残らず伐ってやる。

そう思った瞬間、足は勝手に動き出していた。
後方で赤星や爆豪に名を呼ばれる声に背を向けたまま、敵のいる方向へと飛び出していった。

そして次に見えた光景は、緑谷が苦戦している様子だった。
当然彼の近くには、他の生徒たちが傷を負って倒れている姿がいくつもあった。

ここでまた、怒りは更に上昇する。
最初から全力で相手に挑み、殺す勢いで倒した。
残りはあと二人…。

再び足を動かし、最終地点にたどり着いたと思った矢先ーー。

自分の体を幼児化させる個性を使った忍と、催眠をかけた忍の姿を目にしたと共に、相澤が討たれそうになる瞬間を目にした。

頭の中で、何かがフッと消えたような気がした。

個性をどれほど使おうが、自分の体にどれだけ痛みが走ろうが、そんな事はどうだっていい。
今目先にいる敵を壊滅させて、大切な人たちを傷つけた罪を償わさなければいけない。

そう思うと自然と体は軽く、邪魔な感情もすべて消え、いつも以上に戦闘能力が高くなった。

ーーーこいつらだけは…絶対に許せない。

ただその思いだけで戦い続け、気づけば敵達は自分を見て恐れをなし、戦闘意思を失い始めていた。

「くっ…なんて速さだ!まるで個性を発動させる隙がないっ!」

『…お前の個性、確か催眠をかける相手の額に触れるのが条件だよな…』

「なっ…何を…?!あ゛あぁぁぁっ…!!」

足が竦んで動けない敵の右腕を手に取り、反対の方向へと曲げる。
男の悲痛の叫び声を耳にしてもなお、情けの心等生じない。

無表情で傷め付ける姿は、さぞかし恐ろしく映っていることだろう。

ーーあぁ、だからか。

父は私がこうなる事を予想して、恐れていたのかもしれない。
怒りに任せて戦う今の私など、ヒーローでも何でもない。
敵と何ひとつ、変わらないじゃないか。
そう思うと、フッと息を吐くと共に笑みが浮かんだ。

そして敵の二人の心の声が頭の中で木霊する。

“痛い”と“怖い”という叫びだけが、奴らの脳を支配していたことにも、更に怒りは上昇していった。

『…痛い、怖いか…。きっとお前らにやられた皆も、そう思ってたんだろうな』

「まっ…待て朧…っ!降参だ…我々の負けでいいっ!!」

地を這うような低い声で零した言葉に、奴らはとうとう命乞いを始めた。

忍たるもの、命にすがるような言葉を零してはならない。
忍たるもの、命尽きるまで君主を守り続けねばならない。

服部家が歴代から教訓のように口ずさんできた言葉だ。

今目の前にる奴らは、もはや“忍”などではない。

『…惨めだな…。同じ種族として見るに堪えん。』

「「ひぃっ…!!」」

情けない声を漏らす二人に、剣先を立ててとどめを刺そうと持ち手を逆さにした瞬間。

振り上げた腕は強い力により止められ、体は背後から誰かの腕により抱きしめられ、動きを止められた。

『なっ…!』

「零さんっ…もうやめてください!もう充分です!!」

「これ以上戦い続ければ、お前の体の方がどうにかなっちまう!頼む、もうやめてくれっ…!!」

それが大切な緑谷と轟だと分かっていても、既に暴走してしまった心は、彼らすらも受け入れられなくなってしまっていたのだった。



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