仲間


轟焦凍は、突然戦場に現れた零の姿を見て、思わず息を飲み目を見開けた。

風が吹いたかと思いきや、次に瞬きをした時には彼女の姿があった。

ーーなんて、速さだ…

どういう経緯で幼い零から元の姿に戻ったのかはわからないが、今までに感じたことのない威圧感と殺気を纏う零は、味方ではあるものの恐ろしいとさえ感じるほどだった。

「なっ…貴様、どうやって暗示を解いた?!」

『“生きたい”と思わなくなった頃までの記憶を全て忘れさせ、“生きたい”と思った時に催眠を解除させる…。それがお前が私にかけた暗示だな。』

「…っ、」

奴は零の声を耳にし、酷く怯えた表情を浮かべた。
何の話なのかいまいち理解できないが、彼女の地を這うような低い声から伝わってくる“怒り”は尋常ではなかった。

『残ったのはお前とあの男…私の身体を幼児化させた男か。他の望月家の忍は、既に討っておいた。あとはお前らだけだ。私はお前たちを絶対に許さない…』

「…零…?」

ニヒルの笑みを浮かべる彼女は、もはや別人だ。
さっと背筋に悪寒が走り、足が竦んだ。

そして彼女は催眠の個性を持つ敵と共に、久我が交戦していたもう一人の敵とも交戦を始めた。

そんな状況を茫然と見つめていると、後方から聞き慣れた声に名を呼ばれた気がした。

「轟くん!飯田くんっ!!」

「「…緑谷(くん)っっ!!」」

彼は酷く汗だくで、へとへとになりながらもその場に到着し、肩で大きく息をしていた。

「大丈夫か、緑谷くん…」

「僕なら平気だけど、零さんは?!」

「…あっちで2対1で戦ってる。」

緑谷の切羽詰まった様子に、何となくの感覚が確信へと変わっていく。

「零さん、様子がおかしいんだっ!隙を見て戦うのを止めないと、何かやばい気がっ…!」

「おいお前ら…こっち、これるか…」

微かに耳にした相澤の声に反応し、三人は傷を負った体を引きずって彼の元へと身を寄せた。

相澤の容態は出血が多く、片手は骨が折れているのか腫れて無気力なのがわかる。
奴らの一番の頭ともいえる存在と、ずっと交戦していたせいだ。

彼の戦いを一番間近で見ていた轟は、相澤の身体をいたわり少しでも負担を減らそうと、口元に耳を近づけて声を聞きとるよう姿勢を見せた。

「よし、まだ動けるな…」

「相澤先生、酷いケガを…!」

「俺のことはいい、緑谷。とにかく今は、隙を見てアイツを止めてくれ。」

「零さんを…?」

「今最も危険なのは、零だ。誰かが止めないと…このままだと、感情が不安定になって個性が暴走し、アイツが死ぬ。」

「「「?!」」」

相澤の言葉に、三人とも言葉を詰まらせた。
しかし彼は動揺する隙も与える事なく、話をつづけた。

「いいか、今のアイツを止められるのはお前らしかいない。どんな手を使ってでも、暴走した零を止めてくれ…頼む。」

ーーーどんな手を使っても。
その重い言い回しに圧倒されつつも、大きく頷いて拳をぎゅっと握りしめた。

「…わかりました。俺たちで何とかしてみます。」

「…すまんな、俺はもう体が動かん…。今はお前らに頼む以外の方法はないんだ…。それに、お前らの声なら恐らく…今のアイツにも届くだろう。」

「…大丈夫です、何とかしてみます!」

「了解しました!」

「…絶対に零を死なせねぇ」

各々に彼にそう伝えると、相澤はホッとしたのか小さく笑みを浮かべ、瞼を下した。

彼もかなり危険な状態だ。あまり時間はない。

少し先で戦う彼女の姿を見つめながらも、怒りで暴走している零をどう止めるのか、必死に思考を凝らすのであった。


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