仲間


緑谷出久は、目の前にいる二人の敵との力の差を感じ、動きが鈍くなり始めていた。
敵が二人ずつに分散し攻撃を仕掛けるも、いくら人数が多いとはいえ、読めない動きにどう対処していいかすらわからない。

その上周囲には既に動けなくなっている程体を痛めている生徒もいて、行動する度にその姿がちらつき戦いに集中もできない。

「くそっ…!!」

長時間ワンフォーオールを発動したせいで、徐々に体が軋み始める。
決して軽視しているわけではなかった。
しかし自分たちが考えていた以上に、“忍”という存在は動きが早く、体に染みついた戦術で攻撃をしてくるため、今まで見てきたヒーローや、交戦した敵たちとは比べ物にならないほど戦いにくい相手だった。

生身の体でこうも個性を駆使している相手に挑めるあたりは、不謹慎ではあるが流石だと感心する。
こちらがどう攻めても簡単に避けられる状態が続く。

徐々に肉体的疲労と精神的ダメージが強まり、無意識に一瞬だけ気を緩めてしまったその瞬間。

敵が口元に笑みを浮かべ、わずか1秒にも満たない時間で至近距離まで詰め寄ってきた。

「…っ、!」

「気を緩めたな、小僧!…貴様には今から私の人形となって働いてもらうっ!」

奴の敵は、目に見えにくい糸を使って相手を拘束し、かつ捉えた者を自由に動かすことのできる個性だ。
たださえ暗闇の中に張り巡らされた糸を見て避けることすら大変だというのに、体に巻き付けられてしまっては致命的になる。

咄嗟に避けようとするも、すでに体が思うように動かなくなるほど個性を駆使しすぎてしまっていた。

「しまった…っ!」

情けない声が漏れる。
奴は高笑いしながら、指先に絡めてある糸をこちらに巻き付けようとしてきた。

その瞬間。
背後から恐ろしい殺気を感じ、全身の体が硬直するような感覚を覚えた。
そしてそれとほぼ同時に、敵の忍が一瞬にして後方へと吹っ飛ばされたかと思えば、前方に見慣れた背中を目にした。

月に照らされて輝く真っ白な癖のある髪に、華奢だが強く逞しく見える背中。
闇に紛れる紺色の腕を露出したコスチューム。

自分が空中から地面に尻をついてもなお、彼女から目を離すことができなかった。

「…零、さん?」

恐る恐るそう名を呼ぶと、その小さな顔はくるりとこちらへ向いた。

『遅くなってすまない。よく、生きててくれたな。』

「……っ、」

どういう経緯で元の姿に戻れたのかは皆目見当もつかないが、彼女の雰囲気がどことなくいつもと違う気がする。
確かに“朧”の時の零は、普段に比べると冷静で、冷たい物言いをする傾向がある。
しかし目の前にいる彼女は、それ以上に桁外れの威圧感と殺意を纏っているようだ。
少しの間幼い彼女を見てきたせいか、より一層増してみえるその圧倒的な恐ろしさに、味方である自分自身も思わず怯みそうな程だった。

しかし今は彼女に気を取られている場合ではない。
ひとまず状況を零に説明しなければ、と口を開いた。

「僕たちが力を合わせて一人ははなんとかなったんですけど…今零さんが吹っ飛ばした奴は動きが早くてみんなやられて…っ」

『なるほど。ということは、今既にやられている奴が皆を閉じ込められた個性…“キューブ”の個性を持つ忍…。で、こっちは糸を操る個性か…。』

「…そ、そうなんです…。零さん、ご無事で何よりですっ…」

「八百万さんっ!!」

弱々しい声が聞こえた方向に慌てて振り返れば、先ほどの戦いで重傷を負った八百万が、林の木を支えにしながらも、何とか歩み寄ろうとする姿を目の当たりにした。

「まだ動いちゃダメだっ!!八百万さん!アイツと戦った時に酷い傷を負ってるんだから…!」

「こんな状況で、命があるほうが有難いですわ…。それに、零さんが元に戻ってくれたんですもの…私たちにも、まだ希望は…」

体の痛みのせいか、彼女の声が震えているのがわかる。
無理に繕う笑みも一目見れば明らかだ。

『…後で君らを手当する奴がここに来る。……デク、彼女を頼む…』

「えっ…?」

零の地を這うような低い声が聞こえたかと思えば、先程彼女の攻撃を受けて飛ばされた敵がいつの間にかすぐ近くまで来ていたことに、遅れながら気づいた。
零は既に奴の攻撃に備えて戦闘態勢を取っており、身体の重心を低くして、刀を握る手により一層力を込めた。

「死ねぇッ…!」

感情的な叫びと共に、奴の指の動きに合わせて無数の糸が重なり合って零目掛けて向かってくる。


「「零さんっっ!!!」」

咄嗟に八百万と彼女の名を呼べば、零は俯いたまま腰を低く保ち、手にしてた刀を大きく薙ぎ払った。

「…っ、なっ…何?!」

斬撃のようにも見えた彼女のその攻撃により、周囲にあったすべての糸が呆気なく切れて粉々になっていく。

奴も彼女が何をしたのか理解できていないのか、酷く驚き速度を落とした。
しかし次の瞬間、既に零は奴の至近距離まで詰め寄っていて、素早く刀を振り上げた。

「ぐぁっ…」

敵はうめき声と共に空中へと舞い、勢いよく地面へと崩れ落ちていった。

「すっ、すごいですわ……」

「個性を使ってないのに、目で負えなかった……」

零の圧倒的戦闘能力に、思わず驚きの声を漏らす。
身軽にその場に着地した彼女は、静かに刀を鞘へと納めると、そのまま何も言わずに全速力で走り出した。

「……っ、零さんっっ!!」

やっぱり様子がおかしい。
光の如くその場から去っていく彼女の背中を見て、そう確信した。
早く追いかければと思う一方、この場で怪我を負って倒れている皆を置いていけもしない。

どうする、どうするッーー!!

心の中で葛藤しているさ中、隣にいた八百万の頬に涙が伝うのを見て、ハッと我に返った。

「八百万さん…?」

「み、緑谷さん……お願い、零さんを追ってください!!気のせいかもしれませんが、零さん、様子が少し変でした…辛そうで、怒りを押し殺したような…何か嫌な予感がします…っ。ここにいる皆は私がついてますから、早く零さんの所にっっ!!…一緒に、連れて帰ってきてくださいっ……」

「……!わかった!!」

泣いて訴える彼女の意見を尊重し、再び個性を発動させて零の向かった先へと全速力で走り出した。

「……気のせいじゃないよ、八百万さん……」

姿が見えなくなった彼女に、そう小さく吐き出した。
八百万がなぜ涙を流したのか、なぜ強がってあの場を託させたのか、理由を聞かなくとも多方理解はできていた。

今まで一緒にいた零が、見知らぬ人のように見えた事。
あのまま放っておけば、闘いを終えた後どこか手の届かないところに行ってしまうのではないか、という嫌な予感。
怒りの中に込み上げているだろう、悲しみ。

彼女の背中は、きっと本人が知らない間にそんな事を物語らせていたのだった。


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