仲間
爆豪勝己は、突然現れた眩しい光に視界を奪われ、目を強く閉じると共に掴んでいた零の胸ぐらを手放した。
僅か数秒後に光は消え、ゆっくり目を開けるとそこには見慣れた零の本来の姿があった。
「おまっ……!!」
『あれっ…?』
本人自身も何が起きたのか全くわからない様子で、目をぱちぱち瞬きさせて自身の体を見つめる。
そんな自分もしばらく零の姿に凝視しては、ハッと我に返った。
元の体の大きさに戻った故に来ていた服はただの布切れになり、真っ白な肌が露骨に見えているにも関わらず、元の姿に戻っていることにひどく驚いたせいか、一向に隠すことをしないのだ。
「バッ……てめぇ、少しは隠せっっ!!」
『えっ、あ、ご、ごめっ……』
零はそう返しつつ、自身の体を抱きしめるようにして身を縮こまらせた。
慌てて目を逸らしたものの、彼女の無防備な姿を見て酷く動揺を覚えつつ、普段は衣服で隠れていたその華奢な体に刻まれた無数の傷跡がぱっと目について、頭の中にしっかりと記憶してしまった。
しかしその瞬間、敵達が彼女の気配に気づいたのか、総攻撃を仕掛けてきた。
「くっ……!暗示を解きやがった!」
「まさか……!あの娘が絶対に口にしないような言葉だと思っていたのに……っ!!」
「叩くなら今だ!!早く服部零を抹殺しろっっ!!」
零が元に戻った事に酷く慌てた口調でそう言いながらも、一直線にこちらへと向かってくる連中の気配に反応し、咄嗟に彼女の前へと立ち塞がった。
しかし連中の殺気立った様子は、先程までとは比ではなかった。
ーーやられるッッ!!
心の中でそう自身に叫ぶも、体は目の前の恐怖心でピクリとも動かない。
そして攻撃が目と鼻の先までやってきた瞬間。
後方から凄まじい殺気と共に温かい風が全身を包み込むように吹き付け、何もしていないにも関わらず、奴らの攻撃が弾き返された。
「こ、これはっ……?!」
一体何が起きたのか。自分も含め連中も大いに驚き、目の前の見えない分厚い壁に恐れ、数歩後ずさった。
『……させるかよ。』
後方から聞こえる、地を這うような声。
これが彼女の個性だと悟ると、死なずに済んだことにほっと胸を撫で下ろす。
しかし、後ろ目でその声の主がゆっくりと立ち上がるのを見て、慌てて目を逸らした。
「たたたた、立つなっ!!先にその格好何とかしやがれッッ!!クソ零ッッ!!」
『…文句言わないでよ。今個性使わなきゃ、2人とも危なかったんだから。』
「グダグダ言ってねぇでさっさと隠せっ!」
『…なんでそんなに赤くなってんの?かっちゃん。』
「……ッ、赤くなってねぇよ!!てめぇバカにしてんのか!ぶっ殺すぞっ!!」
『…ばかにしてない。私は今至って冷静で、真剣だ。』
「だぁぁッッ!ムカつく!なんかてめぇだけ冷静な感じがすんげぇ腹立つッッ!!」
闇雲に怒鳴るも、後ろの零はきょとんとした様子なのが背中越しに伝わってきた。
確かに彼女の言うとおり、非常事態な上に防御壁を使ってもらったのは助かった。
しかし、子供でもない大人の女が裸になってしまってるのは、正直いってかなりの問題だ。
他の奴らに見られる前になんとかこの状況を打破しなければ…そう考える矢先、林の中から聞いたことの無い声を耳にした。
「お?こりゃいいタイミングに来たな…。朧、元の姿に戻った餞別だ。受け取れ。」
「……?」
突然その場に現れた男は、姿を見せるなり手にしていた服を彼女の方へと投げ渡した。
零はそれを受け取ると、小さく笑みを浮かべて早々に服を着始めた。
そんな光景を見ては深く安堵の息を漏らしつつ、先程の男の方へと目を向けた。
2m近くある長身の男は、警察庁の者だと名乗った久我と同じようにスーツを纏い、引き締まった体が服の上からでも確認できるほどだった。
癖のある髪は多方ニット帽で隠れており、口元にはタバコを加えたままポケットに手を突っ込んだまま、零が着替える様子をニヤリと笑ったまま見つめていた。
「……誰だ。」
鋭い視線を向けて小さく零すと、彼はこちらに目線をかけてゆっくりと歩み寄り始めた。
「これは失礼。俺は零の専属医師の赤星だ。よろしくな、少年。」
「…専属ドクターだぁ?」
『そう。と言っても、半分は科学者で、私の体を使って研究と実験を重ねてるだけなんだけどね。』
着替え終えた零が再びその場に現れてそう吐き捨てると、赤星は苦笑いを浮かべては「やれやれ…」とため息とともに零した。
「物は言いようだ、零。俺は君の複雑な個性と負担がかかり易い体を解析しようと、日々研究に励んでいるんだよ。まだ若い少年に変な誤解を生ませないでくれ。」
『はいはい、分かりました。っていうか、私だってまだ若いんですけど。』
「君は別だ。そもそも、若い扱いをして欲しいならそれなりに子供らしい一面を見せてくれ。生意気で大人びてるからそうなるんだ。」
『……うるさいな、ほっといて下さい。……それより、赤星さんがここに来たということは、これから起こる事を予想して、手を貸しに来てくれたってことでいいんですよね?』
彼女はそう言うと、ニヤリと口角を上げた。
彼は豆鉄砲を食らったような顔をしては、フッと息を吐いて大きく頷いた。
二人の会話に入る隙はなく、ただやり取りを聞いていただけだが、目を合わせて笑みを浮かべ合う二人の姿は、どこか勇ましく、この危機的状況をひっくり返してくれるような気さえした。
「ぐっ……!なぜ暗示が……っ!」
「慌てるな!あの娘が一人本来の姿に戻ったところで、こちらが有利なことには変わらん。このまま全員ここで抹殺するっっ!!」
再び敵の声を耳にし、改めてそちらに視線を向けた。
またいつ攻撃を仕掛けてくるのか分からぬ事態に構えを取ると、彼女の細い腕が優しく肩に乗せられた。
『かっちゃん、ありがとう。君のおかげで元に戻れたようなもんだ。怪我が酷いから、少し下がってて。』
「……っ、何言ってやがる!!敵は忍で6人もいんだぞっ?!てめぇ1人が元に戻ったところで何もっ……!」
そう言いかけては、零の金色の瞳と目が合い、言葉を詰まらせた。
声は穏やかに聞こえさえするも、彼女の今の表情は全身が凍り付くほどの冷たさと、怒りが伝わってくる。
こんな零を見たことがない。
あまりにもの迫力に思わず息を飲み、自然と後方へと体を下げた。
零はそれを確認すると小さく笑みを浮かべ、腰から刀を抜き、前方にいる忍二人に剣先を向け、強い殺気を纏ってこう言った。
『私の君主達に傷をつけた罪は重いぞ。覚悟しろ。』
表情は笑っているものの、輝きをともした金色の目は相手を射抜くほどの恐ろしい威圧感を放っていたのであった。