仲間
零は残酷な光景を目の当たりにし、絶望感に陥っていた。
相澤の個性を消す能力にてほかの生徒達が解放された所まではよかった。
しかしいくら人数が多くとも、幼い頃から鍛え上げてきた忍一族相手には、正直いって歯が立たない。
彼らは全員が一丸となって、自分を守るように前へと立ち塞がり、何度も攻撃を受けては起き上がり、守る体制をとってる。
そんな光景が胸を酷く締め付け、同時に動揺させた。
『どうして…』
弱々しくこぼれる独り言は、誰の耳にすら聞こえない。
「ふん、どいつもこいつもしぶとい奴らだ。その娘が余程大事か。命を捨ててまでも守る価値があるとでも思っているのか。」
奴らの言う通りだ。
そんなボロボロの身体になってまで、なぜ自分を守ってくれるのだろう。
実の親からは生きている事自体が呪いだと言われ、価値のない存在に扱われてきた。
彼らは血すら繋がっていない赤の他人だと言うのに、一体何がそこまで必死にさせるというのであろう。
そんな当事者ながらどこか他人事のように捉えてしまう自分を嫌悪しては、ぐっと拳を握った。
「守る価値が、ないだと…?」
近くにいた轟が、体中に傷を負いながらも再びゆっくり立ち上がる。
その声色はとてつもなく怒りを露わにしていて、無意識に肩を震わせた。
「価値とかそんなんで片付けられる存在じゃねぇんだよ…零は。自分よりも大切な……俺たちの“仲間”なんだ。」
『……っ、』
「零さんは、今まで散々な人生を辿ってきたんだ。もういい加減、幸せに…自由に生きて欲しいんですっ!!」
「アイツは今まで俺たちを守ってきた。今俺たちが守らなくて、いつ守るっていうんだ。」
「今まで朧のおかげで僕はこの地位までたどり着いたんですから……こういう時こそ恩返しする場面ですし、ね…」
轟に続き、緑谷、相澤、久我がそう言いながら傷だらけの身体を起こし、再び奴らに立ち向かっていった。
次第に周囲は散り散りになり、いつの間にか何人かは既に姿さえも見えない位置にまで移動していた。
『…もう、やめて……』
そんなボロボロになってまで…危険な目にあってまで、こんな人間を守ろうとしないで欲しい。
少しでも自分を受けいれてくれる人が存在した事を知っただけで、充分だ。
これ以上、誰も傷ついて欲しくない。
そんな初めての感情を心に宿し、立ち止まっていた足を少しずつ前へと動かし始めた。
するとそれを遮るように、今度は爆豪が怒りを灯した顔で、目の前に姿を現した。
「おいてめぇッ!今なんつった!!」
『……っ、』
「お、おい爆豪!相手が違っ……!」
「違わねぇ!!」
彼の怒りの矛先がなぜかこちらに向き、それを止めに入ろとする上鳴は、見事彼の強い腕の力に押し飛ばされた。
爆豪は至近距離まで歩み、ゆっくりと胸倉を掴むと、荒々しい声で続けた。
「やめてくれだと?!ふざけんじゃねぇ!みんなテメェのために闘ってんだ!俺たちが諦めてねぇのに、テメェが先に諦めてどうするッ!」
『だ、だって……このままだと皆が……』
「……っ、るせぇッ!!!」
そう叫んだ彼の声は、今まで聞いた中でどれよりも強く感情がこもったものだった。
何にそんなに怒っているのか理解できない。
そう自分の中で思ったせいか、個性が無意識に発動し、彼の心の中が頭の中に響いた。
“てめぇが何考えてんのか分かんねぇから、みんな不安になってんだよ…”
『かっ、かっちゃ……?』
「俺たちが必死にテメェを守ろうとしてんのは、俺たちが勝手にやってる事だ!
…… だが、そもそもてめぇはどうなんだよ!!こんな所で死にてぇのか、生きてぇのかどっちだ零ッ!!」
『……っ、』
突然突きつけられた言葉に、どっと涙が浮かび上がった。
彼の言いたいことはいつも感情的で無茶苦茶だが、的を得ている。
自分はまだ、何一つしてはいない。何一つ、この人生に足掻こうとしてすらいない。
彼は……いや、身体中から感じるみんなの視線から、その答えを求めているのが伝わってくる気がした。
ーー生きている事を否定されてきた。
生きていてはいけない存在だと思っていた。
それでも、今傍にいてくれる人達が見つかった。
本当の自分の気持ちがどうかは分からないが、今もし自分の本当の気持ちを言ってもいいのなら。
『……っ、私は……皆と一緒に……“生きたい”!!!』
そう感情的に叫んだ瞬間、突然身体に変化が訪れたのだった。