仲間


零は、自信に満ちた笑みを浮かべる久我の説明に、目を大きく見開けたまま耳を傾けた。

「忍に最も相応しい“隠密ヒーロー”の座を得た服部家と、その座を得るチャンスを失った望月家…。古い時代から互いを敵対視していたあなた方は、服部家をどうにかしてその座から降ろしたいと、密かに目論んでいた。

そんな中、ある情報を耳にしたんです。服部家の先代頭首である服部景義が、その膨大なる一族の力を利用して、この世界のヒーローたる存在を覆す計画を企てているということを。」

『そ、そんな……』

受け入れ難い現実に、思わず情けない声を零す。
久我の口からそう聞いた瞬間、心のどこかで否定していた気持ちは完全に砕かれてしまった。

父は確かに、自分にとっては酷く残酷な人間だったとは思う。
ただこの世界を守るために、“隠密ヒーロー”として一族を束ねるその姿だけは、認めている部分もあった。

父は昔から、部下や一族から認められるほど強く、そして人望の厚い男だと知っていたからだ。

しかしそんな父が実際ヒーロー社会を覆す計画を企てていたとなると、唯一認めていた誇らしい姿すらも否定されることになる。

これでは望月家が言っていたように、父のその欲望を継いで自分も同じような計画を企てていると捉えられても、正直致し方ない状況だった。

そんな酷く動揺した様子が彼の目に写ったのか、久我は小さく笑って優しい声で自分に告げた。

「すみません…。貴方にとっては少し辛い話でしたね。でも、どうか最後まで聞いてください、零。」

そんな青色の瞳が真っ直ぐこちらを見つめる中、無意識に首は縦へと振られた。

「あなた方望月家は、服部家の主であり、その悪事を企てている服部景義を暗殺するべく、7年前に服部家の拠点に奇襲をかけた。
望月家は服部家との闘いで当主を失い、身動きが取れなくなるも、見事服部家の壊滅には成功を遂げた。
代償は大きいが、この二つの一族に幕を下ろせたと安堵していたのでしょう。
そして同時に、ほとぼりが冷めた頃に隠密ヒーローの座を、今度は望月家で継承しようと考えていた。

しかし、あなたがたよりも先に隠密ヒーローは再び再建された。それが零…いえ、朧。貴方です。」

『……』

「消したはずの服部家に、生き残った朧の存在を知った望月家は、どうにかして彼女をヒーロー社会から…いえ、この世から存在を消そうと企てた。しかし朧の存在を知った頃には、既に著しい活躍を魅せ、多くのヒーロー達と協力して活動を行い、大半は権力のあるヒーローたちと活動を共にしていた。迂闊に手が出せないでいたのでしょう。

そんな時です。望月家に、一人の男が声をかけたのは。」

「一人の、男……?」

徐々に望月家の忍達の顔が引き攣りつつある中、オールマイトが零した小さな声に、久我は目を合わせては小さく頷き、話を続けた。

「男は、あなた方にこう言ったはずです。今隠密ヒーローを支えている朧は、服部景義の悪質な計画を受け継ぎ、人望を高め権力を得た後、このヒーロー社会を崩壊させる機会を伺っている、と。それを防ぐために、協力して欲しいと頼まれたあなた方は、素直にそれを受け入れ、計画を実行した。」

「ま、待ってください!いくら何でもそんな突然現れた人に信頼してついて行くような種族じゃないんじゃないですか?」

恐る恐るそう尋ねたのは、緑谷だった。
久我は彼の言葉に少し沈黙をとった後、その答えを静かに吐き出した。

「……確かにそうですが、その提案をしてきた男は、この国の中でも強い権力を持った男です。信じるも何も、彼の言う事を聞いて動けば、間違いはないだろうと判断したんでしょう。」

「…国の中でも強い権力……それは一体……」

「警察庁公安部の指揮を執る捜査官の中でも、上から数えて二つ目に権力を持つ男……副管理官の橘耕史郎ですよ。」

「「ふっ、副管理官?!」」

『……っ、』

取り巻く空気が張り詰めるのが感じられた。
記憶が無い以上、その男がどういう人物で面識があるのかすらどうかは分からないが、説明の内容だけは理解出来る。
こんなことが世に知れ渡れば、混乱は免れないだろう。
それだけ権力を持つ人物が関与しているということに、他のみんなも酷く動揺していた。

そしてその名を聞いた彼らは、険しい顔をゆっくりと解き、白状するかのように小さく声を漏らした。

「……驚いたな。まさかこんなにも早く真実に辿り着くとは…あのお方が目を付けていた捜査官だけあって、随分頭が回る方だ。やはりあの時、あなたにも朧と同じ個性をかけるべきだった。」

「後悔しても、過去には戻れませんよ。」

「後悔などしないさ。まぁ大方貴方が説明した通りです。我々は、橘の指示の元で動いている。だがこれは、ヒーローとしての行いだ。この社会を陥れようと企てている服部家を抹消するために、我々は動いている。」

「おやおや、本当に橘という男が善で貴女方を動かしてると信じているんですか?……もしそうだとしたら、とんだ勘違いですね。」

「「なっ、なんだと?!」」

突然久我が挑発じみた口調で話すと、奴らは彼の意のままにそれに乗りかかった。
しかし彼は屈することも無く、凛とした声でこう言った。

「僕が今回、服部家の拠点に同行したのには理由がありました。
“警察庁内で裏工作をとっている人物がいる。それを内密に割り出せ。” という命を、僕が上層部から受けたからです。
そして彼女に捜査を協力要請をするために、第三者に聞かれないあのタイミングを選んだ。

しかし橘は強く賢く、積み重ねてきた実績のある朧の存在を恐れている。だから家絡みでねじれた関係性にあるあなた方を利用して、早急に自分の手を汚さず消そうと、今回単独行動で動いている絶好のチャンスをあなた方に伝え、暗殺を実行させた。
云わば、自分の悪事が悟られるよりも前に先手を打った、というところでしょう。」


「「『なっ……!』」」

『じゃあ私は本来その時、貴方から警察庁内の諜報任務を受ける予定だったということですか?』

「そうです。この隙に朧を完全に消してしまえば、自分が黒幕だということも、権力を悪用しようと企んでいることも表に出ることは無い。そう考えて、先に望月家を動かしたのでしょう。

…大方橘に言われたんじゃないんですか?朧を見事暗殺してくれば、必ず望月家は彼女の代わりに隠密ヒーローの座を手に入れさせる、とか。」

「「「……っ、」」」

沈黙は肯定に値する。
久我の小馬鹿にした表情と声色に苛立ちを覚えながらも、奴らは無言のまま強く拳を握りしめた。

「貴女方がどう思っているかなんて、正直知りたくもないですがね。
少なくとも僕は、朧が亡き父の計画を受け継いで隠密ヒーローになったなどとふざけた話、たとえ誰が何を言おうと、信じる気はありません。
なぜなら彼女はそもそも、父からの愛を受けていない。先代頭首の跡を継いだのも、産まれてからずっと景義に幽閉されていたせいで、視野が狭くてそれしか知らなかったからだ。

彼女は紛れもなく先代とは違い、純粋にこの社会を救う側の隠密ヒーローです。
間違っても、産まれ持ったその個性と力を、権力のためには使わないし、私欲のためにも使わない。

これは隠密ヒーローを束ねる、そして隠密ヒーローとして活動する“朧”を誰よりも身近で見てきた……警察庁公安部警備局の久我が見極めた全てです。

貴女方が今していることは、単に唆されて罪のないヒーローを暗殺しようとしているだけの…敵と同じ行為にしか過ぎないんですよ。」

『……っ、』

はっきりと断言した彼の言葉に、全身の力が抜けそうになるほど衝撃を受けた。
揺らぎのない真っ直ぐな意志と声から、彼がどれだけパートナーである“朧”を信用しているかが伝わってくる。
同時に、自分を守ろうとしてくれている気持ちが心の中に流れ込んでくるようだった。

そしてようやく、黙り続けていた望月家の者たちがポツポツと言葉を吐き出し始めた。

「……なるほど。我々は橘に騙され、まんまと利用されていたわけか。自分の悪事を暴かれぬよう、朧を消したいという考えから、服部家を宿敵で目の方に期していた我々に目をつけ、直接手を下さずに彼女を消す手段を得た…そういう訳だな。」

「そういう事です。橘も今頃警察庁で身柄を拘束されている頃です。……ですから、こんな戦いはただの無意味なんですよ。大人しく降参してください。今ならまだ、橘に利用されていた分、罪は軽くすみます。」

久我が再び拳銃を構えて持ち、彼らにそう告げる。
しかし望月家が出した答えは、想像していた以上に酷なものだった。

「でしたら、シナリオを変更しましょう。
ここで今真実を知った者を全て排除し、我々は警察庁へむかいます。そしてこう真実を告げるんです。

隠密ヒーロー朧の手により、多くの子供たちと久我捜査官が命を落としました。しかし同じ忍である我々が彼女を何とか制圧し、このヒーロー社会に悪事を企てる存在は消え、平和を取り戻すことができた……とね。」

「「「……っ、!!」」」

身震いするほどの奴らの凄まじい殺気と狂気に、思わず全員が息を飲んだ。
今までの様子とはまるで違う。
本当にただの人間なのか、と疑いたくなるほど、恐ろしい表情で見つめる奴らは、既にヒーローとは掛け離れたものだった。

「真実を知るものがいなければ、どんな事だってやり直せる。それが我々のやり方だ。」

奴らは本気だ。
今にも襲いかかってきそうなその気迫に圧倒されつつも、目の前にいる相澤と久我は体制を低くし、身構えた。

「……交戦は避けられない、か。」

「仕方ありませんね。イレイザーヘッド、共戦と行きましょう。正直あの6人の誰が後方の人質を捕らえているのかはわかりませんが、あなたの個性なら解除できるんじゃないですか?」

「…そうですね。危険だが、今のアイツらも戦う意思はヒーローと同じだ。正直今のこの状況じゃ、圧倒的に不利だ。味方は多い方がいい。」

「では、僕が敵を引きつけますから、あなたはその間に零さんをこの場から遠ざけ、彼らにかけられた個性の解除をお願いします。」

「了解。」

小声で二人が作戦を練る中、既に望月家は攻撃を仕掛け向かってきていた。

この時まだ、望月家の脅威なる個性とその力に、誰もが気づいていなかったのだった。



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