仲間
緑谷出久は、何度も何度も零の進む足を止めようと、必死になって叫んだ。
「……っ、零さん!行っちゃダメだ!!俺たちの為に自分の命を無駄にするなんて、間違ってるだろっ!!」
そう感情的に声を吐き出すも、彼女の足が止まることは無かった。
全身の力が抜け落ちそうになる。
まるでこの光景が、つい最近体験したばかりの死穢八斎會の件と重なって見えた。
壊理の時もそうだった。
治崎の言葉に踊らされて、彼女は周囲の人を助けるために、自らその身を差し出した。
彼女の後ろ姿をみて、当時の感情や光景がフラッシュバックした。
自分の無力さに反吐が出る。
どうにもならない感情に自然と涙が溢れだし、最大限の力で拳を握りしめて、何度も壁を殴り続けた。
しかし束の間。
零が奴らの前へと到着し、刃物が突き刺さるその瞬間を目の当たりにした時、声を失った。
「……っ、!!」
頼む。奇跡でもなんでもいい。彼女を助けてくれ!!
そう強く願った想いが届いたのか、彼女に刃が届く一歩手前で、第三者がその場に現れる光景を目にした。
「「あ、相澤先生(くん)っっ!!!」」
驚きのあまり、その人物を呼ぶ声が皆と重なる。
本来零の体を貫くはずだった刀は彼の腕にしっかりと刺さり、彼の体の隙間から微かに見える零の表情は、酷く混乱している様子だった。
相澤は射殺すような鋭い目線を望月家の忍達に向けては、怯んだその隙に彼女を抱えたまま数歩下がって距離をとり、こちらの近くへと寄ってきた。
『ど、どうして…』
弱々しい零の声を耳にした。
しかしそれを聞いていた相澤は答えることなく、目の前にいる小さな体を勢いよく抱きしめた。
「間に合って良かった……ッ!!」
感情の籠った彼の声が聞こえ、心の中で同じ事を叫んだ。
そして零は、動揺を露にしながらも、彼の腕に負った傷をみては、震えた声を上げた。
『しょ、消太さん…ケガッ、早く手当しないと…!』
「そんな事は今どうだっていい。お前の身に何もなくてよかった…頼むから、俺の前からいなくならないでくれ。俺はもう、お前が傷だらけで生死をさまよう姿なんぞ、見たくない。」
ハッキリと告げた相澤の言葉に、思い当たる節があった。
恐らく彼は、先日の死穢八斎會の時の事を思っているのだろう。
正直彼と行動を共にしていた自分も、あの時零が重傷を負った姿を見て、生きた心地がしなかった。
彼にはきっと、それ以上に辛い光景だったのだろう。
しばらく彼女を抱きしめている相澤を見つめていると、突然彼を襲いかかる忍達の姿を目の当たりにし、咄嗟に叫んだ。
「相澤先生っ!後ろですっ!!」
その声とほぼ同時に、彼は首元に巻いた捕縛武器に手を掛けて、敵からの攻撃を受け止めた。
「…っ、あんたらが零の命を狙う“望月家”か。」
地を這うような低い声。
きっとここにいる皆がそれを聞き、気づいただろう。
相澤は……いや、イレイザーヘッドは酷く怒りをあらわにしている。
その証拠に、戦闘開始直後から既に“抹消”の個性を発動させていた。
「まさか、イレイザーヘッド…貴方までその娘に惑わされていましたか…」
攻撃を仕掛けてきた忍がそう零すと、相澤の顔は更に険しくなった。
「惑わされている?馬鹿を言うな。お前らこそ、上っ面の主に騙されて利用されてるだけだろうが。」
「なっ…!」
相澤の一言に、その場にいる望月家の者は動揺し、彼から距離をとった。
「我々が利用されてるだけ、だと?何を言う!」
感情的な声を飛ばし、ギリッと奥歯を噛み締める。
明らかに先程の冷静さを崩している様子がわかる忍達に、相澤は、 フッと小馬鹿にした笑みを浮かべて話を続けた。
「お前らが誰の指示の元で動いているのか、ようやく理解したよ。まぁもっとも、それを暴いたのは俺ではないがな。」
「なにっ…?!」
「お前らも運が悪かったな。まさか事前に薬を盛っておいた久我捜査官が早くも目を覚まし、あの場で顔を合わせたのが誤算だったろう。そうなってしまったことで、お前らの黒幕も、お前らの個性も大方割れてしまったんだ。」
「なっ……!!」
奴らは返す言葉を失った。
敵6人に対し相澤1人にもかかわらず、攻撃をさせないほどの圧倒的な威圧感に、思わずこちらまで息を飲む。
そして彼は淡々と話を続けた。
「あの場でもし、久我捜査官にも攻撃をしていたのなら、もっと黒幕を探し出すのに難航していただろうが…お前らはあの日、久我さんを見て攻撃をやめて去った。つまり、上からの指示で彼には危害を加えないように言われてたんだろう。後にお前らの指示を出す司令官になる男だしな。」
「ど、どういう意味なんだ相澤くん……」
「その説明は僕からしましょう。」
オールマイトが彼に尋ねた矢先、再びこの場に初めて耳にする声が響いた。
その声の主は林の中から姿を現し、拳銃を敵に向けたまま、相澤の元へと駆け寄った。
「全くあなたという人は…単独行動はしないで下さいって言ったはずですよ?イレイザーヘッド。」
「あんたらの到着を待ってられるほど、俺はコイツが絡むと冷静じゃないんでね。」
「…まぁ、それも予想済みですけどね。」
互いに話す口調からして、どうやら浅い関係ではないらしい。
爽やかな笑みを浮かべながら登場した男は、スーツを着用し、金糸の髪を持つ若い男だった。
相澤の後ろに隠れていた零も、彼の登場に酷く驚きつつも、掠れたような小さな声を零した。
『く、久我さん……?』
「零さん…無事でよかった。」
彼女が彼の名を呟いた矢先、久我という男はくしゃりと顔を崩し、安堵した様子でそう呟いた。
どうやら彼が、以前相澤が説明した零の相棒とも言える存在…警察庁公安部所属の久我らしい。
閉じ込められた生徒たちは初めて姿を見る彼に息を飲みつつも、久我の説明とやらを待った。
「そうですね…。今回巻き込まれた皆さんにも分かりやすいように、順を追って説明でもしましょうか。」
彼は得意げな表情をしつつも、そんな冒頭で説明を始めたのだった。