仲間


突然襲い掛かってきた眩しい光が納まり、零はゆっくりと目を開けた。
視界に映った光景は先ほどいた場所とは相離れた、賑わう人盛りの声も姿ひとつすらない人、林の中だった。

しかし微かに遠くで花火があがる音が聞こえるあたりからすると、あの場から遠くなっただけで、全く別の場所に移動させられたという訳ではないのが理解出来た。

この状況に恐怖心と警戒心を抱きながらも、はっと我に返ってみんなの安否を確認しようと辺りを見渡した。

『…っ、!』

そこには薄透明のガラスのような四角い器があり、中には緑谷達が閉じ込められている光景が待ち受けていた。

それを見つけた矢先、彼らも自分と同じようにこの状況に気づき、血相を変えた様子で抜け出そうと目の前の壁を乱暴に叩いた。

「な、なんだよこれっ…!」

「零さん!!大丈夫ですか?!」

「なんでアイツだけ外にいやがんだ!おいコラチビ零!俺たちをこっから出せ!」

「みんな落ち着きなさい。私が一瞬でこの壁を壊して脱出させてあげるから…」

「それはやめた方がいいですよ、オールマイト。」

生徒たちに紛れて捕らわれたオールマイトに、聞きなれない男の声がそう告げた。
全員が声のした方向に鋭い目線を向ければ、暗闇に紛れるための紺色の装束を纏った6人の“忍”達の姿を目の当たりにし、無意識に拳を強く握りしめ奥歯を噛み締めた。

「な、なんだてめぇら!!敵か?!」

「失礼な。敵ではありません。今後この国を敵から守り、陰で支える存在にするために集まった“望月家”の忍ですよ。」

「望月家…零くんを襲った奴らだな?!」

オールマイトの感情的な声が背後から飛ぶと、奴らはニヒルな笑みを浮かべてこう返した。

「それもまた失礼ですね。我々はこの小娘に騙されているあなた方を、救おうとしているのですよ。」

「「…騙されてる、だと?」」

最初に奴の言葉に反応し、怒りをむき出しにした声を出したのは轟と爆豪だった。
忍達は一定の距離まで歩み寄ると、呑気に解説を始めた。

「彼女の身を置く服部家は、隠密ヒーローという存在でありながら、実は密かにこの国を我が手中のものにしようと企んでいた一族です。服部零はその発端である服部景義の一人娘ですから…当然、その野望を継ぐために今の立場を利用して、何か悪事を企てようとしていることは明らか。今のうちに排除しておかなければならない存在です。」

『…父が…?』

「でたらめな事を言うなっ!!零さんが悪事を企ててるだって?!そんな証拠がどこにある!第一零さんは、いつだって僕たちを守るために戦ってくれたし…彼女がこの国を守るヒーローであることは、今までその行いを見てきた僕たちが一番よく知ってるんだ!!」

温厚そうな緑谷がそう罵声を飛ばした言葉に、激しく心が動揺した。
本来の自分は隠密ヒーローになって活動しているとは聞いてはいたが、正直今の自分にとってはそれが受け入れ難い現実でもあった。

なぜ、これだけ嫌悪している父の跡をつぐ選択肢をとったのか。

もしかしたら、本当に奴らの言う父の野望とやらを受け継いで、隠密ヒーローの地位を手に入れ、何か裏で行動をとっているのかもしれない。
そう自分自身を疑ってしまうほど、隠密ヒーローの道を選んだ理由が今の状態では到底理解できなかった。

だからこそ、奴の発言にははっきり“違う”と言い返せない。
本当に望月家の忍が言うように、自分がこの国に対して悪事を企てているのであれば、彼らの方が1-Aの生徒たちにとってはヒーローだ。

どうするべきか…どう動くべきか…。
そもそも個性がうまくコントロールできない今、どう闘うべきなのか。
混乱し始めた頭は、更に不安と恐怖に蝕まれていった。

「君らこそ、この女の何を知っている。忍一族でも最も恐れられた人物だ。彼女こそ早いうちに排除しておかなければ、いずれはその膨大な力に支配され、本当に君たちが危険な目に合うんだぞ。」

「零は…俺たちに危害を加えたりなんてしねぇっっ!!」

「零くん!こんな奴らの言葉に耳を傾けてはいけない!」

『…っ、』

必死に自分を庇おうとする彼らの声を耳にする度、涙が零れ落ちそうになった。
彼らは本気で自分を信じてくれている。本気で大切に思ってくれている。
そう悟るには、十分すぎる言葉だった。

「オールマイト、早くこの壁を壊してください!奴ら、零さんに何をしでかすか…!」

「任せろ緑谷少年!みんな、少し狭いが我慢してくれよ!」

「おいおい、やめとけって言ったろオールマイト。あんたがその中で力を出せば、俺の作った壁はもちろん壊せるだろうが、それと同時に一緒に入ってる大切な子供たちも、あんたの力で一瞬で木っ端微塵だぜ?」

「なっ…!?」

今度は別の忍がそう言ったと同時に、壁越しにオールマイト達の前に姿を現し、ニタリと薄気味悪い笑みを浮かべていた。

「それでもいいんなら、さっさと撃てよオールマイト。あんたのお得意な天候さえも左右させる、偉大なパンチをさ。」

「ぐっ…!」

さすがに生徒たちの身がかかっているとなると、オールマイトも一度は出しかけた拳をひっこめた。
自分もそんな様子を見て、少しだけほっと息をこぼした。
もし万が一あの場所から出られたとしても、彼らが生きてくれなければ何の意味もない。
ひとまず冷静さを取り戻しつつ、敵との会話を整理し、状況を把握しては大きく深呼吸をし、ぐっと目を開いた。

『…望月家。服部家と歴代から冷戦状態にあった同じ忍一族ですね…。一体何が目的なんですか?』

「ほう…。零殿は幼くしても随分賢いご様子だ。恐れ入ったよ。
…何が目的、か。
我々望月家は、貴様ら服部家の者たちが隠密ヒーローという座を得て、守るべき国民たちから尊い存在として扱われている…貴様らがそんな地位につかなければ、我々望月家は居場所を失わずに済んだ。
そして貴様の父…服部景義はその隠密ヒーローの地位を得ただけでは物足りず、世に渡るヒーロー達が自分より劣り、服部家が最もヒーローとして優れているということを証明させるために、悪事を企てた。
その考えは国民にとっても罪深いヒーローであり、我々隠密の称号を継ぐ忍一族にとっても、恥ずべき男だっ!!」

『…それで、“奴”の跡を継いだであろう私を殺そうとしているわけか。』

驚きはしたが、自然とすんなりその言葉は受け入れられた。
父がどういう人間だったか。どれほど非情な存在だったか。
正直自分が一番よく知っているといっても過言ではないほど、酷い扱いを受けてきたと思う。
もし目の前の男が言うように、父が本当にそのような事を企てていて、それが公になって暗殺され、生き残っている自分が命を狙われていると考えるなら、納得がいく。

父の汚名を晴らそうなどというバカげた考えなど、思いたくもない。
今奴の言葉を聞き、真っ先に考えたのは。

『なら、私がおとなしく殺されれば、後ろにいるこの人たちに危害を加えるつもりはないって事でいいんだな。』

「なっ…!」

「何言ってるんだ!零くん!」

「やめろチビ!何考えてやがんだ!バカかッ!」

「「零さんっっ!!」」

「…そうだな。彼らは守るべき国民だ。貴様が大人しくこの世から消えれば、我々は無駄な殺生はしない。まぁ、任務の邪魔をするようならば、排除するがな。」

『…そうか。』

それを聞いて、どこか安心した。
背後からみんなの罵声を受けるも、心は既に決まっていた。
こんな命を差し出して、優しい彼らを救えるのであれば。

ーー喜んでこの命など、渡してやろう。

そう考えては一歩前へ踏み出し、忍へとゆっくり近づいて行った。
今から無抵抗で殺されるというのにも関わらず、自然と心は落ち着いている。
父と接している時に何度も“死”の恐怖を経験したせいか、不思議と足元が震えることすらなかった。

「…零っ!!止まれ!やめてくれ!」

「賢い子供だ…。服部家の者ではなかったら、我々望月家に引き入れてやりたいところだが…。服部家の血筋は、ここで断たねばならない。」

「零さん!嫌だ!私たちが何とかするから、諦めないでよ!!」

「てめぇの命と差し替えに俺たちが救われて、俺たちが喜ぶとでも思ってやがんのか?!」

爆豪の激しい叫びの声に、ぴたりと足を止めた。
その瞬間、後方からの声も同時に止まり、一瞬だけ静かな空間が流れた。

後方へ振り返り、もう一度彼らを見つめる。

ずっと気になっていた。心の中に感じていたもやもや感…。会って間もない彼らを心から大切に思い、死ぬ気で守らなければという衝動に駆られる気持ちが耐えない。
そしてそれはきっと、今の自分自身の感情ではない。
本来あるべき姿である、零の強い思いからくるものなのだろう、と理解したが故に、他に選択肢はなかったのだ。

『…喜ぶとは思ってない、です。だから…事が終わったら、私の事をどうか恨んで下さい。』

「…っ、なんで…!」

「なんでそんな事言うんだ!!」

そう投げかける皆の問いには答えることもなく、再び足を動かした。
自分の事を好きだと言ってくれる人は今までにいなかった。
嫌われることにも、恐れられる事にも慣れている。
その方がうんと楽だ。
だからこそ彼らにそう返した。自分を今後どう思われてもいい。
それよりも今、もし彼らを守れなかったとしたら、きっと後悔することになる。

そう思う気持ちに身を委ね、自然と背筋を伸ばしては敵の前にたどり着き、足を止めた。

「…フン。可愛げのないガキだな。まぁいい。とっとと殺すぞ。」

「あぁ…」

望月家の者達はそう短く会話をし、腰に差した脇差を手に取り、思い切り頭上から振りかざした。

覚悟を決めて目を閉じ、その刃が自分に突き刺さるのをただただ待つ。


すると突然。
物凄いスピードで別の人物の気配を感じたかと思えば、周囲に強い風が舞ったのであった。



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