37話

「あああ…!!あああ!!!」
ぐちゃりという気持ちの悪い音、ナナリの荒い息、そしてアクメのうめき声がいっぺんにシオンの耳に入ってきた。
彼はなにがどうなったのかわからずに状況を理解しようとその地獄絵図を凝視した。
アクメに馬乗りになられていたナナリがアクメの首筋にかぶりついて、それを噛みちぎろうとしている。顔中の血管が浮き上がり、その姿はまるで野獣のようだった。その通り、ナナリは理性を失っているようだ。一方のアクメは拳を高く上げたまま、瞳がこぼれ落ちそうなほど目を見ひらき、口をパクパクと動かしている。
やがてその腕は床に叩きつけられるように落ち、その音がアクメの最期の音であったことをシオンは悟った。
「あ、兄貴…?え…嘘でしょう、ナナリ、兄貴が…あ、れ…?」
その状況に驚愕している時に、口の周りに真っ赤な肉をつけた野獣がこちらをゆっくり振り向いて二カリと口元を歪ませていた。そして体を引きずりながらシオンの方に近づいてくる。
「違う、違う、こんなの…違う、ナナリじゃない。兄貴じゃない…やめて、こないで、やだ…やだ!」
シオンは咄嗟に2階の自分の部屋へと急いだ。彼の中の勘と、数少ない記憶が彼をそちらへと呼び寄せている。そんな気がして。

部屋にある一番大きな木製のタンスの、一度も触ったことのない鍵のかかった引き出しを懸命に引っ張った。しかし当たり前のようにそれは開かなかった。その引き出しと格闘している間に、階段の方からズルズルと何かを引きずる音と、人の声なのか、それとも野獣の声なのかわからない音が聞こえた。
それは否応なしにシオンの耳に入ってきた。
「ジ…オン、ね、ぇ…しあわ…ぜになろ…ぉ、わるも、のいない…か、ら、ざぁっ…」
「やだ!こないで!お願いだから!!」
訳がわからなくなるほど引き出しを殴り、手の感覚はすでになかった。視界は涙で歪んでいたし、何より思考がぐちゃぐちゃでなにをしていいのか、なにをしているのか、彼自身よくわからなかった。ただこの引き出しの中に何かがある、今はもうその考えが確信に変わっていた。

扉を激しく打つ音が聞こえた。鍵をかけているが壊されるのも時間の問題だろう。シオンは部屋にあるできるだけ硬いものを手に取り、タンスの引き出しを殴り続けた。何度目かの試みで、引き出しに手を突っ込めるほどの穴が空いた。手が切れることも御構い無しにその穴に手を突っ込み、その中から冷たい塊を取り出した。その時、ちょうど、ナナリがドアを壊し部屋に入ってきた。

「シ、オ、ン…だぃせ、つなひとぉ…しあわぜに、なろ…お」
すでに正気を失った瞳が、こちらに視線を投げかけたが、シオンはそれには目もくれなかった。
本当はまだなにかわかるのではないか、とそれに重ねてみようと試みたがこれ以上彼から読み取れるものはきっとなにもないと判断した。
にじり寄る化け物に深呼吸で対抗する。
「ごめんね、もう、だれも」



「幸せになんて、なれないから」



パンと乾いた音が部屋に響いた。
弾丸は野獣の脳天を貫いた。


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