2話

夕食時は兄弟3人が揃ってご飯を食べる。シオンの隣で椅子に座りアクメとは斜めに向かい合っている。ナナリは終始落ち着きがなく、アクメに対する恐怖からか、ガタガタと小刻みに震えながら食べていた。
「ナナリ、お願いだから静かにして」
鬱陶しい音にシオンのイライラは募ったが、ナナリはブツブツと謝罪の言葉を述べるだけで一向に震えが止まることはなかった。寧ろこの動作を自らの力で抑え得ることはないだろうとシオンは知っているのだが、口に出さないとどうしても怒りのはけ口がないのである。
しばらくすると、ナナリはコップや皿をかじり始めた。この光景も昔から馴染みのあるものであった。

ナナリは悪食で、手にとったものはほぼ全て彼の胃袋に収まった。金属も食べれば木も食べるし、プラスチック、飲用不可能の液体まで様々である。ナナリの口が耳のあたりまで裂けているのも、もしかすると変なものを食べて切れてしまったのかもしれない。食器も数年前は陶器やガラス製のものを使っていたが、食べている時の音がうるさいのと、ナナリの口の中が切れて血が垂れ、机や床が頻繁に汚れて後処理が面倒なために、シオンがナナリに紙製のコップと皿を与えていた。
「ナナリ、それは食べ物じゃないよ」
シオンがそう言うと、ナナリは口をモグモグと動かしながら噛んでいたコップを机に置いた。

兄弟が寝静まった深夜に、玄関の扉を開く音が聞こえる。浅い眠りでうつろうつろしていたシオンはその音を耳元で聞いた気がした。
ナナリかな…。
姿など到底見えないが彼は感覚でそう感じ取った。いや、理論的にもナナリである可能性のほうが高いので、ほぼそうだと断定してもいい。深夜にナナリはよくあたりを徘徊しているらしい。

次にシオンが目を覚ました時、自分の部屋の扉が開かれた音を聞いた。まぶた越しに感じる明るさもまだ深夜もしくは早朝であるようだが、突然の出来事に彼は体を強張らせた。見知らぬものの侵入か、はたまた見知ったものの侵入か、寝起きの彼の頭は恐怖によって一瞬で冴え、幾つかの思案が頭を巡る。
その時、シオンはふと嗅ぎなれた匂いを感じ取った。
ナナリ…?
アクメによって痛めつけられたあとの汚物の匂いではなく、彼が本来持っている彼自身の匂いをシオンは嫌というほど嗅いでいた。しかし昔から、その匂いをシオンは嫌だとは思わなかった。むしろ好きだと思った。

だが、なぜナナリがシオンの部屋に入ってくるのであろうか。シオンは混乱していた。いままでにこのようなことは一度も無かった。いや、シオン自身が気付いていなかった可能性も否めないのだが、それでも普段ではあり得ないことだ。
ナナリが自分から人に近寄るということは稀であった。それは昔、ナナリが他人に近づいたとき受けた理不尽な暴力や、言われのない噂などが彼にとって重いトラウマになってしまったからだった。そして家族でも、アクメには怯えきって近寄ることなど絶対にないし、シオンについても遠くから眺めていたりするだけでそばに寄ってくることはない。母が生きていた頃はもっぱら母に擦り寄っていたようだが、そのように甘えられる人は今はもうこの世にはいない。
「……ん……あ……ン」
シオンにとって耳障りな音が聞こえた。だがその音は小さすぎて、冴えたばかりの聴覚ではまったく聞き取れなかった。次の瞬間、彼のひたいに暖かいものが乗った、そしてそのまま髪を撫でられた。
シオンは激しく動揺した。先ほどまで強張っていた体がまた一段と硬くなった。
「……ン………シオン」
シオンの耳にははっきりとそう聞こえたのだが、それは夢であったろうか。次に彼が目覚めた時にはナナリの姿も残り香もなにも残っていなかったのだから。

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