32話

「どうしたの?」
その1人がシオンの小さな手を包んで優しく言った。
「おかっ…おかあさ…さんがっ…」
シオンの懸命に紡がれた言葉に、付け加えるようにアクメが
「いなくなった」
とつぶやいた。
その状況を把握した看護師は柔らかく微笑んで、兄弟の頭を愛でるように撫でた。
「大丈夫。あのね」
「あら、シオンとアクメ…?」
その時、がらりと病室の扉を開けるものがいた。それは正真正銘、兄弟の母親であった。どうやら、外出していただけらしい。母親の姿を目にした瞬間、二人は一目散に母親の元へ向かい、痩せた体に飛び込むように抱きついた。
「二人ともどうしたの?シオンも…なんで泣いてるの…?」
この様子に母親は大層驚いたようで、状況を読めないながらに見上げる息子たちを抱きしめた。
「おかあさん…ひぐっ、いなくなっ…て…ぇ」
「そうか…シオン、ごめんね。ちょっと出かけてただけなんだよお母さん」
息子たちが来る時間は大抵決まっていて、その時間には必ず病室にいるようにしているので、いつもいる人間がいないことに大きな不安を感じたのだろう。幼い息子が涙を流して自分を求める姿に、思わず瞳を潤わせながら母は将来への心配をまた一つ抱え込んだ。

「おかあさん、どこへ行っていたの?」
気持ちが落ち着いてきたところで、アクメが母に尋ねた。
「ちょっとね、欲しいものがあって買い物に行ってたの」
「そんなのお姉さんに頼めばいいじゃん」
アクメは近くにいた看護師を指差しながらそう言った。
「お母さんも、たまにはお外に出て自然の空気を吸いたいんだよ」
ふぅん、と納得できない様子のアクメは不機嫌な顔をしてそっぽを向く。その様子を母親はとても愛おしく感じ、頭をそっと撫でると、アクメがしかめっ面のままほおを軽く染めていたので、思わず笑みがこぼれた。
「ふたりとも、ごめんね。今度からはちゃんといるからね」
そう言いながら母親が代わる代わる息子達の頭を、丸く触り心地の良い頬を、そしてシオンの流した涙の跡をなでると、ようやく病室に暖かい笑顔があふれた。


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