18話



「…だ、大きなこ…でしゃべら…いで!耳…いたい」

いかにも子供らしい甲高い声が、途切れ途切れに聞こえた。恐る恐るその手の先を目で追うと、小さな男児の大きな瞳がこちらを咎めるように見つめていた。
「…も、…くは……のことがすき……どう…ればい…の?」
もう一つ、先程よりもっと聞き取り辛く、どこかで聞いたことのあるような声がした。その声の主はシオンのその幻影にはなかった。男児は姿のない声の問いに少し考えるような動作をみせていじけたようにつぶやいた。
「おしゃべりしなか…たらい…の」
「じゃあ、お口閉じ…なら…い?」
「それじゃだめ!びっくり…たらしゃべっちゃうよ、おくちは…つけといてよ!」
声はだんだんはっきりとして聞き取りやすくなってきた。
「それしたらそばにいていい?」
姿のない声の主は蚊の鳴くような声で言った。
「それならいい。ゆるしてあげるね」
男児はもう一度こちらを見つめてそう言った。その時はもう先程のような咎めるような視線ではなかった。
今まで添えられていた小さな右手が不意に離れて、代わりに何かを手に取る。きっとこれはガムテープだろうが、小さな手だからかバームクーヘンを持っているようにも見えた。ピリピリと音を立てながら適当な長さを不器用にハサミで切り、それを両手で持ちながらこちらに近づけてくる。
「や、やめてよ…!なにするんだ!」
シオンはとっさに声を出した。しかし、ガムテープはゆっくりと彼の方に迫っていく。
「やめて…!」

男児の小さな右手がシオンの頬に触れたと同時に、幻影は消え、代わりにナナリの華奢な右手がシオンの頬に触れていた。心配そうにこちらを見つめるナナリの瞳は妙に生き生きしていて、逆に気持ちが悪いと思ってしまった。
「ナ、ナリ…」
驚いて、シオンは声を出すのもやっとであった。
「今のは…一体…。…いや、違うなんでもない」
シオンが自分に言い聞かせるようにそう呟くと、ナナリはシオンの頬を愛おしそうに撫で、同時に少し悲しそうな顔をした。
「ちょっと、やめてよナナリ。触らないで」
他人からあまり触れられることのなかったシオンは初めての感覚に変な身震いを覚え、とっさにナナリの手を振り払い立ち上がる。そしてそのまま自分の部屋へと階段を駆け上った。その後ろ姿が見えなくなっても、ナナリはシオンが消えたドアの先をじっと見つめているのであった。

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