10話



彼らの家はとても古びていて、お風呂も蛇口をひねってお湯が出るようなものはない。いちいち火を起こすところから始めなければならないのだが、本家とは少し離れたところにある小さな小屋がそれであった。
「熱かったら合図して」
シオンがそういうと暗がりでナナリがゆっくりと首を縦にふった。それを見届けてから、かまどの方へと歩みを進めたシオンはふとあることに気がついた。
ガムテープを口に貼っていた…?
家に帰った時は確かに、ガムテープで口を塞いではいなかったはずだ。なのに、さっきみた顔にはガムテープがあった。なぜわざわざあの間に口を塞ぐ必要があったのだろうか。
ナナリがあんな風に口を塞ぐようになったのもいつからなのか、またなんのためなのか、シオンは知らなかった。頬の裂け目にある縫い目の荒い真っ黒な糸を隠すため、ぐらいにしか彼は理由を考えることができなかった。

そっとナナリを部屋まで戻し、リビングにいくとアクメが手荷物の確認をしていた。
「どこに行ってたんだ」
アクメは手を休めることなくこちらを一瞥して言った。
「どうでもいいでしょ」
「あいつみたいにはなるなよ。面倒だから」
「わかってる。ところでさ、ナナリが」
その名前を出した瞬間、アクメの動きが止まった。そしてまた作業に戻る。
「あいつがなんだ」
こちらに顔を向けることはないが、あまりいい顔はしていないだろう。それほどにアクメはナナリを嫌っているに違いない。そう思いながら、シオンは続けた。
「ナ…あいつが、どうして口にガムテープ貼ってるかって、知ってる?」
考えているのかアクメはまた手を止めて固まった。しかしまたすぐに動き始めた。
「……お前だよ。多分、お前が言ったんだ」

「は、なにそれ」
「俺は知らん」
突拍子もない答えに、シオンは動揺を隠せなかった。そしてますますナナリが何を考えているのか、よくわからなくなった。
シオンは、周囲に対する興味関心の欠如した自分自身を恨んだ。それは彼が、昔の思い出をあまり持ち合わせていなかったからだった。


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