●黄昏依存症


美しいこの景色をこのままフィルムの中に収めたい。

随分昔に購入した今はもうボロボロの一眼レフを、空虚に向けて構えながら彼は思った。
ずっとこの場所にいたい。

時よ止まれ。

それが実現することのない願いであると、彼は重々知っていた。それでも願わずにはいられなかった。

栄えていた時代はとうの昔に過ぎさった。しかし彼はいつまでもその思い出に浸っていた。無論、今からでも遅くはない。その時代の彼の状況に戻ることはできなくはないのだが、彼はそれをしようとは思わない。

彼は彼の素晴らしい思い出を、友人や親戚、はたまた飼っているねこにまでたびたび語った。むしろその行為が彼は好きだった。戻りたいとは思わないが、それでも彼はその思い出に浸ることが好きだった。

赤く染まった空を眺めて、最後の光を惜しむように息を止める。ずっとこの場所にいたい。この光に包まれていたい。闇に飲み込まれる寸前の一瞬の輝きが、欲しい。彼はいつまでも同じ回想を繰り返していた。それ以外を思考することは、ずっと前にやめてしまった。いや、できなくなってしまった。

自らの思考に陶酔しきっていた彼は、構えたまま何も捉えなかったレンズを地面に向けた。つけていたストラップが、首に重く食い込む。辺りはすっかり暗くなっていた。

「またあんたか園田」
聞き慣れた声を背後に聞いたが、彼は振り返らない。
「綺麗なの、撮れたかよ」
その人は彼の一眼レフを手に取り、保存されていた写真を流し見た。
「同じのしかねぇな」
「好きなんだ。黄昏が」
消えいるような声で返事をしたが、元来た方向へ帰っていくその人に彼の声は届いただろうか。

「園田。もうここ閉めるから、帰れよ」
「ああ、すまない」
子供のための遊び場は、黄昏時を過ぎると瞳を閉じる。無人になったその場所にくすぶる想いを吐き捨てて、彼はその場を去った。

〜fin〜

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