ラブコレ2012秋 ノヴァフェリ見本 | ナノ




 アルカナ・デュエロで見事勝利を収めたノヴァが、次期トップとして挨拶回りへ奮闘している中、フェリチータは剣の幹部として、レガーロ島の平和を守り続けていた。
 ノヴァが聖杯の幹部を抜けた事により、その座は空いてしまったが、誰を幹部にするかはまだ決まらず空席のままらしい。いずれ幹部を決める為に、聖杯内でデュエロを行うらしいが、有力候補は、聖杯のコートカードである四人。スクーロ、アルベロ、フレッド、ルーチェが期待されている。
 聖杯内では最年少であったノヴァを、年上としての余裕からかコートカード達は、何度もからかってはいた。けれど、彼らとてノヴァへの、そしてファミリーへの忠誠心を忘れたわけではない。
ノヴァ自身は、『聖杯内部の者は、皆優秀だ。誰が幹部になってもおかしくない』そう、部下の様子を誇らしげに語っていたのだから、今後の聖杯も心配はいらないだろう。
 フェリチータもそれには同意見だ。
 数度、聖杯内での街の巡回に同行させてもらう機会があったが、聖杯は他のセリエとは違う特色を持っている。
 ノヴァを倣うような品行方正、――紳士的な者達ばかりが集っている。これがフェリチータの聖杯の印象なのだから。
 そんな中、訪れた幽霊船騒ぎも終結に向かうや否や、騒ぎで仕事に穴をあけた分を挽回しようと、ノヴァは執務室に篭りきりとなった。トップ就任の挨拶回りの時のように、疲れた顔をよく見せ、いつ尋ねても忙しそうに机に向かっている。
 もしかして、臀部に根が生えて動けないのではないかと、フェリチータは思ったくらいだ。
 そして今夜も同じように、遅くまで仕事をしているらしい。
夕食後すぐにその場を辞してしまったノヴァが、そのまま執務室へと直行していったのを、メイド・トリアーデ達が見ていたらしい。
(……ノヴァと話がしたい)
 そう思うのも無理のない話だ。
 一体、どれくらいすれ違いの生活をしているのだろう。
 アッシュを伴って、こちらへ戻ってきた以来、二人きりで会ったのは片手で数える程しかないし、話した時間だってごく僅かだ。
 そんな不満を抱きながら眠りに就いたフェリチータは、その日の夜、悪夢を見たわけでも、部屋の周囲に異変を感じたわけでもないのに、自然と目が覚めてしまった。
 ランプへ火を灯さなくても、今夜は外からの月明かりで十分に視界が開けている。暗がりの中、時計を見てみれば、短針はまだ二目盛りしか動いていない。しかし、既に目は覚めきってしまっている。再び目を瞑った所で、今は眠れる自信もなかった。
 夜着の上からガウンを羽織ったフェリチータは、迷った末に部屋を出た。
 闇に塗られ、鳥の声も人の声も届かない程に静まり返った屋敷内は、冷えた空気に上乗せされ、一層寒々しく、思わず身震いした。
 素肌が露わになっている掌や足首は、否応なく空気に晒されている。ガウンがなかったら、震えが止まらなかったに違いない。
 端からは端まで移動するだけで、かなりの時間がかかってしまうくらいの敷地を、そわそわしながら歩き続け、目的地を前に足を止めた。
 着いたのはトップの執務室だ。
(でも、ノヴァはもういないかもしれない)
 それならそれで良かった。
 ここまで足を運ぶまでに、フェリチータは誰にも会わずに辿り着いた。つまり、既に多くの者が就寝しているか、それに備えている時間なのだ。それなら、トップと言えど、ノヴァだって自室で眠りに就いていてもおかしくはないはずだ。
 ――そう、おかしくはないはずなのに、フェリチータはここにいる。単なる当たって欲しくない勘だったが、ノヴァはまだここにいるような気がしたからだ。
 けれど、それは願いも空しく的中してしまう。
 ノックをしようと重厚な扉へ手を伸ばした時、フェリチータは気づいた。視線を落した先に見たもの、それは、光の糸だ。今にも切れてしまいそうな細い金糸は、扉の向こう側から漏れる小さな光。扉の隙間をぬって出て、それはフェリチータまで届いた。
 扉の向こうにノヴァがいる。
これで全て分かってしまった。思わず顔を顰めてしまったフェリチータは、力任せに扉を叩いた。
「――どうした?」
 扉の向こうからノヴァの声が響いた。そこに僅かながら厳しさが滲んでいるのは、これが緊急事態だと連想づけてだろうか。
 ゆっくりとノブを回して扉を開くと、事態を重く見てか、こちらへ向かって歩いてきたノヴァと目が合う。
「……フェルか、どうしたこんな時間に?」
「ノヴァこそ、どうしてこんな時間まで起きてるの?」
「どうしてって……それこそ愚問だろう。仕事をしているに決まっている」
「……っ」
 明らかにノヴァの顔は疲れている。ファミリーのトップという地位はどれだけ重責を背負わなくてはいけないのだろうか。
 ファミリーの中で、誰よりも若い分、誰よりもノヴァは苦労しているはず。けれど、それはこの先も同じこと。今からこのようでは、身体が保たないのではないだろうか。
「フェルこそ、いったいどうしたんだ?」
 別の思考に気を取られ、何も言い出さないフェリチータに、ノヴァも困惑している。
 突然訪ねてしまったが、フェリチータもどう言ったらいいのか分からない。
(ノヴァの仕事の邪魔はしたくない。でも、ノヴァが心配だって、どう伝えたらいい?)
「……フェリチータ、黙っていたらわからない。それとも、どこか具合が悪いのか?」
「……ううん」
 物憂げな視線を送りながら、フェリチータはノヴァに近づき、手を伸ばした。触れたのはノヴァの掌。固い皮で覆われている指は、日本刀での鍛錬の結果だ。トップとしての仕事で、以前よりも日本刀にも触れる機会が少なくなったようだが、それでも、フェリチータとは違う、骨ばった男性の掌だ。自分より一回り大きな掌には、守られているような安心感を感じる事が何度もあった。
「フェリチータ……?」
「……まだ、仕事するの?」
「? ……ああ。まだキリが悪いからな。もうしばらくは」
「……あんまり無理しないで。疲れてるノヴァを見てると……心配になる。……また倒れちゃうんじゃないかって」
「……フェリチータ」
「前に巡回途中で倒れた時、ノヴァが死んじゃうんじゃないかって、すごく心配だったから」
「あ、あれは、…………僕が未熟だっただけで」
「それでも! ……ノヴァが心配なの」
 真面目なノヴァが誰よりも頑張っているのはわかっている。
でも、フェリチータだけじゃない。他の幹部も、そしてノヴァを慕っている聖杯も、他のセリエの部下でさえ、今のノヴァを心配している。
 ほんの少しでいいから、気を抜いてもいいのではないかと。
「――すまない、だが」
「うん、わかってる。ノヴァが大切にしてるものは、私だって守りたい」
(わかってるけど、……わかってるから、そんなノヴァを見てるのは、つらいよ)
 勝手に潤んでくる瞳を、何度か瞼を瞬いてごまかすと、ノヴァに触れていた掌を両手で包みこんだ。
「絶対に無理はしないでね?」
「ああ、わかった」
 自分の思いを無理やり押し込んで微笑んだフェリチータは、名残惜し気にその手を離していく。
(ノヴァの為に、私ができること……もっとないのかな?)
 ノヴァを支えられる自分になりたい、そう強く思う。
 その方法を早く見つけないと。そうすれば、きっとノヴァの役に立てるはず。それなら、こんな揺れた気持ちのままではなく、もっと冷静になって、今後の事を考えなくては。
 思案に耽りながら、フェリチータはノヴァの手を離し、別れを告げる。
「ごめんね、邪魔しちゃって。それじゃ……また明日」
「……待て、送っていく」
「え……?」
「部屋まで送っていくと言ってるんだ」
「でも…………大丈夫だよ? それに、ちょっと散歩してから部屋へ戻るから」
 考えを纏めるには、それが一番いいのかもしれない。どうせ、こんな思考のままでは、眠れそうもないのだから。
 そう思い、断りを入れたフェリチータを、ノヴァは酷く驚いた顔で見つめ返した。
「散歩、だと? ……こんな時間にか?」
「大丈夫だよ、庭の周りを歩いたら、すぐに戻るから」
「なおさら問題だ!」
「……え? どうして?」
「どうしてって! フェリチータ……お前がいくら腕の立つ剣の幹部だとしても、パーパの娘だということは変わりはない。それ以前に、女性がこんな真夜中に外へ出歩くなんて、非常識にも程がある?」
「……でも、屋敷内だし、すぐ戻ってくるし」
「そういう問題じゃない。それに、こんな視界の悪い真夜中に散歩して、怪我でもしたらどうする! 確かに、侵入者対策なら、ファミリーの警備も堅固だ。しかし、それでも絶対に侵入されないという確証もない。アッシュのように、自分の背の何倍もある塀を、いともあっさり越える奴もいるかもしれない」
 設備の問題に顔を顰めながらも、フェリチータの散歩をなんとかノヴァは留めようとする。
「……そうだけど、でも」
「それに、お前! 自分が今、どんな格好しているのかわかっているのか? そんな……う、薄着で出歩くなんて、どうかしてるっ……!」
 突然目を反らしたノヴァは、顔を真っ赤にさせている。
確かに、このままでは風邪を引くかもしれない。
薄着という指摘からか、他の男がどんな顔でフェリチータの姿を眺めているかというノヴァのお咎めも、全く通じていない。散歩を止めるようなそぶりの見えないフェリチータに、ノヴァ自身も、自分の言葉が相手に伝わっていないと気が付いたようだ。
すぐに腹の底から吐き出すような、大きな溜め息をつかれる。
「はぁ……わかった。僕もその散歩につきあう」
「え? ……でも」
「いいか、ここで少し待っていろ」
 そう言ってノヴァは部屋へと戻ってしまった。
 思案の対象であるノヴァと散歩するとなると、ノヴァを手助けする為の秘策もまとまらないだろう。けれど、久しぶりにノヴァが傍にいてくれる。こんな嬉しい事を手放せるわけがない。
 部屋へ戻ったノヴァが何をしているのか気になり、フェリチーは室内を覗いていると、ノヴァは照明を落とし、すぐに戻ってきてくれた。そして、執務室の扉にしっかりと施錠をすると、フェリチータの数歩前を進んで、後ろを振り向く。
「早くしろ、行くぞ」
「う、うん!」
差し出されてた手を、フェリチータはそっと掴んだ。


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