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大粒の雨が叩きつけるように降り注ぐ。
土砂降りと呼ぶに相応しいそれのお陰で、着ていたシャツは一分も経たない内に、雨粒の餌食となっていた。
それは本当に説明がつかないくらいの偶然だった。
店の軒先でやまない雨を眺めて数分。さてこの次どうするか。僅かな軒先での空間は酷く狭い。屋根があっても風向き次第では俺の方に雨が吹き付けてくるくらいだ。だが、直接濡れるよりはまだマシだろう。足止めをくらった状況に考えを巡らせて居た時、ぱたぱたと音を立てて走り込んで来たのは一人の女性だった。
彼女も雨をしのぎに来たのか、俺の隣に佇み、先ほどの俺のように空を見上げた。もちろん、そう簡単に止むようなものではなく、雨が引くまでにはしばし時間がかかることが予想された。
雨に閉じ込められた空間で、男と二人きりなど、居心地が悪いだろう。
俺はその人が気にしないよう、ただ前を向いて雨を睨み続けていた。
「……一樹会長?」
そう呼ばれるまでは。
懐かしい名で呼ばれ、俺の思考は一瞬停止する。
『会長』と呼ばれていたのは、星月学園で関わったもの達だとは分かっていた。だが、女性……女子生徒は俺の知る限りもちろん一人しか居なかった。
ぎこちない動きで首をめぐらせ、目を見張る。俺の予想と相違ない人物が、そこにはいた。
「月子……か?久しぶりだな!」
声に出すことで確信づいた俺は、驚きと共に懐かしさで思わず笑みが生まれた。
「はい、本当に久しぶりですね!」
服も髪も互いにびしょ濡れでの、再会。
一瞬、顔を見合わせたままだった俺達は、そのまま噴き出して笑い始めた。
「お前、川に落ちたみたいになってんぞ」
「一樹会長こそ、川に落ちてきたんじゃないですか?」
雨音ばかりの空間に、僅かながらに花が咲く。
久しぶりに会った月子は、あの頃のように可憐な姿ではあったが、少し大人っぽくなったような気もしなくもない。
徐々に早まる心音は、不意打ちの再会とによるものだったが、それでも、こんなに動揺しているのは、昔から妹みたいに可愛がって、そしてずっと想いを寄せてた相手のせい。
だが、これでも俺は月子より二つ年上で、しかも他人への動揺を悟られないようにする術を知っている。
一枚膜を貼ったようにそれをひた隠しにして、俺はこいつの兄貴分として演じる。
「ちょ、……俺は傘を持ってくるのを忘れただけだ」
確かに朝、天気予報は確認してきたはずだった。しかも、降水確率は百パーセントだったにも関わらず、うっかりして傘を忘れて出てきたのは自分の失態だった。
辞書や参考書、そしてノートもろもろの重たい鞄をなんとか死守したものの、自分が濡れるのはどうしても防げずに今に至る。
バツの悪さを見せつつ濡れた髪を掻き揚げながら、俺はそっと息をついた。
「それにしても、本当に久しぶりだな。……最後に会ったの、いつだ?」
「卒業式以来会ってませんよ。あんなに『また来てくださいね!』って言ったのに、一樹会長、一度も来てくれた事ありませんでしたよね?私だって、もう一樹先輩と同じ大学生ですよ」
「なんだ、もうそんなに経ってるのか。」
「そうですよ!」
頬に空気を膨らませて、まるでリスみたいになっている月子を見て、本当にあの懐かしい日々が戻ってきたような気がした。
勉強づくしで疲れた身体が少し楽になった気がする。
こうして、気兼ねなくしゃべれるというのは理由に大きいが、やっぱり一番には月子の前だからだろう。
「ほら、そんな怒るなって!」
「じゃあ今度、元生徒会で同窓会をしましょう」
「嫌に強引だな」
「当たり前です!」
メールがきてものらりくらりとやり過ごしていたのに、こう責められるようでは次は危ないかもしれない。
せっかく月子への想いを忘れようと必死になっていたのに、これでは今までの苦労が水の泡だ。ここで穏便に済ませて、この場を流すのが得策だろう。
「まぁ、時間が合えば……集ま……ぶえっくしゅ」
――集まろうか。
そう言葉が続くはずだったのに、代わりに出てきたのは盛大なくしゃみ。
それに慌てたのは俺より、月子だった。
「一樹先輩大丈夫ですか?」
「ああ。まぁこの雨に打たれたし仕方ないか」
「仕方なくないですよ!」
「っつっても、ここから出ても雨をしのげる所なんてないだろ?」
笑ってそこでこの話は終了。そして早々とこいつの元から去ろう。そうしようと思ったのに、月子はじっと俺の顔を見ていきなり俺の腕を掴んだ。
「……月子?」
「私についてきてくれますか?」
そういって俺の腕を引っ張ろうとする月子に、怪訝な視線を送る。
「どうした?」
「向こうに、雨をしのげる所ありますよ!」
「……別にここでも平気といえば、平気なんだが」
「何言ってるんです一樹会長!こんな所にずっといたら風邪引いちゃいますよ。」
ぐいぐいと手を引いて今にも走り出しそうな気配の月子をじっと見る。そうだ。こいつが言い出したら聞かない頑固者なのは今更だ。そんなの初めて会った時から分かっていたのに。
「ったく、……降参だ」
「ふふ。じゃあ、ついて来て下さいね」
可愛く笑いながら言う月子にそう言って笑い返すと、月子は俺の手を掴んで「こっちです」と走り出した。
激しい雨が、顔に、全身に叩きつけられる。
息をするにも苦しいような雨を数分体験した後、たどり着いた時には、酷い有り様だった。重たい衣類を引きずるように走ったものだから、物凄い疲労感。そして息が上がっていた。
月子の方は若さの賜物か。それとも、何かスポーツをやっているのか、多少呼吸が乱れていたが、それほど苦になっている様子は無い。
「大丈夫ですか、一樹会長?」
「ああ……何とかな。とりあえず、運動不足を理解したところだ……が、ここ――」
どこだ?そう視線を送るが、月子はまたも俺の腕を引いて、案内をする。
何も言わずについていく俺も俺だが、同じく何も言葉を発しない月子が気がかりだった。だが、結局その場の雰囲気で聞くことをためらった俺は、月子に導かれるままに、それなりに綺麗な外観のマンションのエントランスをくぐっていった。
「あの……どうぞ入ってください。」
そう言って扉を開いた先に見えた生活風景をみて、一瞬ためらいが生じた。
ここまでついてきて何を今更。と思わずにはいられないが、それでもここが何なのか、分からない訳じゃない。
「……いいのか?」
「はい。散らかってて申し訳ないんですけど」
と、まるで気づいていないような口ぶりで、いつものように事態を全く把握していない天然を披露しているのかどうか。
俺の方が、危機感を感じて仕方ない。
「……じゃあ、入らせて貰うな?」
「はい!」
促されるまま中に入ってみたが、びしょ濡れの俺は玄関で立ち止まったまま動けない。
靴を脱いだ月子はそのまま慌てて部屋の奥まで行き、タオルを手にすぐに戻ってきた。
「それじゃあ、まず……靴と靴下を脱いだ方がいいみたいですね。これ、タオルです。今、お風呂沸かしますから」
「……月子?」
「はい?」
「もしかして、一人暮らししてるのか?」
「そうですけど。……あ!料理だったら練習してるんで、だいぶ上手くなったんですよ!」
見当違いの心配をしている月子は、自分の料理の腕を語るがそこは第一の問題じゃない。
第一の心配は、この空間で俺と月子が必然的に二人きりになった事だ。マンションに入る所から薄々と嫌な予感はしていたが、こんな風に平然と男をマンションに引き入れているとはどういう事だ。
あとで叱っておかないと、と。心に留めて置いたが、今の一番の問題としては、俺がどうこの事態を乗り切るか。という所だ。
月子の性格からして、俺を中に入れたことは生徒会でお世話になった先輩だから。という信頼から来るもの大きいだろう。
だから、その信頼をどう裏切らないかが問題だった。
星月学園とは明らかに状況が違う。あの時も月子の無意識の言動に気持ちを揺さぶられる事はあったが、密室の空間でこれほどの危険性を感じた事はなかった。
妹分……又は、自分が父親なんだ。というポジションに居た俺が、月子に手を出さないようにする為には、理性を総動員していく他ない。
「そりゃ、殊勝な心がけだな。じゃあ、後でその腕さばきを見るとするか?」
「望むところです!錫也直伝のレシピもあるんで」
強気発言をする月子から差し出されたタオルを受け取って、玄関から上がった俺は、ジャケットで死守した鞄を置いた。
とりあえず、これだけ守れていれば安心だが、無論俺は上から下まで先程の比ではないくらい濡れている。
「そうかそうか。……そういえば、お前の幼馴染達は元気なのか?」
「はい、錫也は同じ大学で……哉太は違う学校ですけど、二人とも元気にやってますよ」
相変わらずの仲がいい幼馴染。月子相手なのだから、あの二人がヒヤヒヤしながら月子と過ごしているのは今も同じなのだろう。
それともどちらかが月子と付き合っている……そう考えると、ここに俺が居るのはかなり修羅場を見る事間違いなしの事態ではあった。
「あいつらもよくここは来るのか?」
「錫也と哉太ですか?……うーん、ここに引っ越してきた時以来、来てないですね」
「……そうなのか?」
「二人と遊ぶ時は、最近外遊ぶ事が多くて」
大人に近づく度に、子供の頃とは過ごし方が変化していくのは仕方の無い事だが、月子はそれを寂しいと思っているのだろう。
眉を下げて少し気落ちしている月子に、そっと笑みを浮かべた。
「今までとは違う付き合いに慣れていくのに戸惑ってるのか?」
自分の手上げて、そっと月子の頭に載せて撫でた。俺と同じように月子も全身びしょ濡れであったのだから、さして濡れるのは関係なかった。
「そう……ですね。少しだけ……変化についていけてない気がします」
「誰だってそんな風に順応できる訳じゃないだろ。ましてや、お前らは特別仲が良かったから」
「はい。……でも、やっぱり男の子と女の子って違うんだなって……前よりも実感するんです」
目指す将来は違えど、今までと同じ関係性が続くと、月子は信じていたのだろう。
しかし、性別がそれを許さない場合もある。あいつらは月子を守りたい気持ちがあるかもしれないが、月子はあいつらと居て何か思う事もあるのだろう。
「あいつらも元々モテるだろうしな、お前も戸惑う事があるだろうが、少しずつ変わっていけばいいだろ?」
「……はい。そうですね」
周りがそれを許さない事もあるかもしれない。だが、それでも月子の星回りが順調に行くことを願うしかないだろう。
最初からそのフィールドに居ない俺は、そうやって今後も願い続けるしかないのだ。
ふと、会話に一区切りついた所で、月子は気づいたように浴室へ向かった。
「お風呂が沸いたみたいです。先に入ってください!」
「俺は後でいいから、先に月子が入れ」
そう促されるものの、身体が冷えているのは月子とて同じだろう。
俺はすかさず首を振るが、月子も同じように首を振った。
「俺は丈夫に出来てるし、後でも平気だ」
「わ、私だって弓道部で鍛えてるから大丈夫です!」
「女性は身体を冷やしたら駄目なんだろ?お前も一応女なんだから先に入れよ」
「一応って酷いです!ちゃんと女の子ですよ!……でも一樹会長がお客様だし、私は先に入りませんから」
譲り合いが段々と押し問答へと変化して、「どうぞ」「いや、お前が入れ」と互いに言い合いが続き、しまいには言い合いに疲れてお互い笑いあった。
「ったく、頑固なのは変わんないな。……なんなら一緒に入るか?」
そんなからかいを交えつつ、先に入れと促そうとした時、月子は少し考えたそぶりを見せてこくりと頷いた。
雨の音が、ふつりと消えた気がした。
シャワーの音が聞こえる。
それよりすぐ近く。俺の肌にぶつかるように届くのは、月子の甘い吐息と嬌声。
浴槽に張られた湯、そして出しっぱなしのシャワーから立ち上った湯気で、浴室の視界はすっかりけぶっていた。
「あっ……かず……き会長、っん……」
どうしてこんな事になったのか、こんなの事をしているのか。
俺が一番問いたいが、薄暗い浴室で一糸纏わぬ身体でお互いの熱を絡ませている光景が、あまりにも非現実的に思えた。
そもそも、俺は月子とは接点を持たないように暮らしていたし、こいつの事は忘れようと努めてきたのだから。
それなのに、こうして偶然出会ったからといって、まさか月子のあられもない姿など見られる日が来ようとは思うはずもない。
浴室の壁に月子を押し付けて、泡まみれのその身体を俺の指が這い回る。
「ふぅ……ぅ」
一緒に風呂に入る事が決まって、すぐに俺の理性は崩されたのに、月子は嫌がる事もなく俺の口付けを受け入れた。
もしかして慣れているのかと衝撃が走ったものの、そんな杞憂もすぐに消え、恥らって下ばかりを向いている月子をその気にさせるのは気分が良かった。
気持ちよくなって貰おうと、俺はそればかりに気を向け、かわいい乳房を揺らして何度も唇や舌でその形を確かめて、歯を立てる。誰にも触れさせたことのない秘所での快感に身を捩じらせて、初めての絶頂はこの目に焼付けさせると、すぐに愛しさが溢れる。
噛みつくように口付けを繰り返し、形のいい唇から生まれる意味のさない言葉は口の中で消化された。
処女膜を破った痛みに耐えながら、それでも俺の好きにさせようとしているその健気さに胸がざわめく。
真っ赤な頬が俺を誘い、濡れた瞳が俺を捉える。酷くしてしまいたい衝動に駆られるのを何とか押しとどめて、月子のナカに押し入る熱い欲望を揺らす。
醜い自分の一物が、大事にしてきた月子を貫いている。そのギャップに意識が高ぶり興奮してやまない。
ただ、これが月子の興味本位だったのか疑問な所だ。月子とてあの時は冗談だったのかもしれないし、正直な所こんな事をされれば、こいつが傷つかないはずがない。そう分かっていたはずなのに。
「あっ……やぁ、ん」
「やだって……気持ちいいんだろ、胸触られんのが」
「だめ……やぁ、だめ、だめです」
「なら、……もっと触ってやるから」
意地悪な言葉を優しく吐いて、そっと責め立てる。
大きな眼から涙が零れれば、舌でそれを掬い取り、何度も何度も月子を泣かせた。
そのたびに俺に絡みついていく月子のナカが、まるで喜んで俺を迎えてくれてるようで。
「やぁ……一樹会長……あっ、あ…っ」
「イきそうならいいぞ、……っ、俺もそろそろ」
囁きながら月子に告げると、泣きそうな顔をしながら月子は身体をビクつかせた。伸縮するナカに危うく中で出したくなる衝動をなんとか抑え、月子の綺麗な身体に白濁した熱を浴びせた。
はぁはぁと深い息をつきながら、重たげに開かれた月子の瞼に口付けを落とした時、月子がぽそりと呟いた。
「一樹会長……好きです」
その呟きは、反響する浴室ではよく聞こえ、俺はしばし言葉を失った。
腕の中で安心して身を寄せる月子は、途端に顔を伏せて恥じらう。
…………つまり、こうした状況になったのは。
「なあ、もしかして……俺だからこの家に入れたのか?」
その問いに、一つ頷いた月子。
「じゃあ、俺じゃなかったら入れなかったのか?」
「……だってあの軒先に行ったのだって、一樹会長だって分かったからですよ」
つまり最初から俺だと分かっての行動らしい。流石に俺と関係を持つまでは視野にいれていなかったようだが、月子はそれで後悔ないのだろうか。
「馬鹿。……それで俺とこうなって、俺が遊びだったらお前どうするんだ?」
「それでも……好きな人からなら、いいんです。一樹会長がずっと……大好きでしたから」
そう、吹っ切れたような顔で言った月子を俺は腕の中に閉じ込めるように抱き締めた。
「好きだ……月子」
「…………!」
「俺も……ずっと、お前の事が好きだったんだ」
抱擁をゆっくりと解いた俺は、優しく月子の頬に触れる。
「一樹……会長っ」
じんわりと月子の目尻にたまった涙を指で拭っていくと、月子は俺に抱きついくる。
予知もなく偶然出会った筈なのに、互いの想いを引き合わせた雨音は当分やみそうにない。
震える月子の背中を撫でながら、俺はしっかりと月子を抱き締めていた。
理性や衝動は全て一つの意思
2011.06.04
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