部活中の私の想い人は、今日も最後まで凛々しい様で部活を終わらせた。
力強い眼差しで的を射るその横顔に見惚れ、何度もため息をつきそうになる。
今日はいまいち集中力に欠けて、一矢、一矢、大事に打てなかったな……。
それもこれも、自分の荷物にある物の所為なんだけど……。
部活と自分の私情をきっちりと分けられたらいいのに。
それこそ、私の想い人みたいに。
少々気落ちしそうになりながら、更衣室へと向かおうとした時、床張りがギリリと鳴り、足音が近づいた。
「夜久……」
「あ、……なに宮地君?」
振り向けばそこには、半年経ってもうすっかり弓道部の部長として板についた宮地君が立っていた。
「今日は……どうした?」
「ん?何が?」
何の事を言われているのか分からず、きょとんとしてしまった私に宮地くんは少し考えたように間を置いた。
「……心ここにあらず……という感じだったが」
「あ……」
やっぱり見破られてましたか。そうでしたか。
ずっと一緒に部活をしてきた仲間であり、ライバルでもある宮地君にはすっかり今日の事の私のコンディションに気付いていたようで。
でも、本当の事など話せず私は手を小さく振って曖昧に笑った。
「ごめんね、ちょっと……昨日寝つきが悪かったから、集中できなかったのかな?」
「そうか……。今日は早く寝た方がいいぞ」
「うん……。ありがと!」
好きな人を前にして、妙に胸をドキドキさせながら、私は自分に何度も後押しをして言わなくてはいけない言葉を頭の中で反芻させた。
よ、よし!
「あ、あのね宮地君」
「ん?……なんだ?」
「今日、一緒に帰らない?」
「ああ、別に構わないが……」
同じ部活なんだから、一緒に帰ることなど多々ある事だったのに緊張してしまったのは、今日が私にとって特別な日だから。
今日は金曜日で、明日、明後日は珍しく部活がない。そしてその間には丁度2月14日のバレンタインデーが入っているのだ。
自分の想いを伝える勇気も無いから、ただ普通にお菓子をあげるだけになっちゃうと思うけど。
それじゃあ、後でね。
そう言って、私は急いで着替えて弓道部の外へ出たのに、宮地君はもう外へ出ていた。
どんなに急いで着替えても、絶対宮地君は私より早くに着替えて外で待っている。
男の子ってなんであんなに着替えるの早いんだろ。
手にした小さな紙袋を手に、靴を履いて外へと出た。
「ごめんね、待たせちゃった?」
「……いや。別に」
そうは言ったけど、きっと優しい宮地君の事だからね。
「ありがとう」
「……ああ。じゃあ、帰るか」
「うん!」
そう、促されて私達は寮へと向かって歩き出す。
手にした紙袋をいつ渡そうか……そう迷いながら歩いていく。
きっと宮地君一人だけだったら、さっさか一人で歩いて行けるのに、私に歩幅をちゃんと合わせてくれて。
やさしいね……。
彼の優しさにそっと笑顔が浮かんできて、私は横を歩く宮地君を仰ぎ見た。
「ねえ、宮地君」
「……なんだ?」
「あのね、あの……その」
なかなか言い出し難く、手にした袋をぎゅっと胸のあたりまで持ち上げた時だった。
「これなんだけど……」
「おお!いたいた!宮地〜」
勇気を出して言い出したその言葉は、タイミング悪く遮られた。
ビクリと肩を揺らして振り向けば、そこには陽日先生の姿があって……。
さわやかな笑みを浮かべて私達の元へ走ってきた。
「よかった!まだ寮へ行ってなくて……」
「どうしたのですか。陽日先生」
「ほい、これ宮地宛てだ!」
そう言って渡されたのは、ピンクのかわいい袋だった。
押し付けられたように渡された物に手を伸ばした宮地君は、その袋を見て首を傾げている。
そんな宮地君を見て、陽日先生はニッと笑った。
「これな、学園の外に女の子が立ってて、お前宛にだってさ。学園関係者じゃないから入れないっから追い返したんだけど、これだけは。って言うから……」
「……」
宮地君の目が僅かに見開かれて、陽日先生とその袋を交互に見ていた。
私は……というと、それを聞いた途端とても複雑な気持ちになっていて。
学園の外で待っているくらいに、宮地君を想っている子がいる。と思うと、自分の手にしたこの紙袋がなんだか恥ずかしい物に思えてきた。
同じ部活でいつでも渡せるから。
そんな気持ちの私は、自分の気持ちを言う気も無いくせに。
「じゃあ、これ確かに渡したからな!じゃ、オレは急いで職員室へ行かなきゃ行けないから。気をつけて帰れよ!」
叫ぶように大きな声で言いながら走り去っていった陽日先生を見つめた後、居た堪れない思いをしながらそっと宮地君を見た。
無表情で受け取った紙袋を眺める宮地君を目にすると、ずきりと胸が痛んだ。
「び、びっくり……したね!」
「……あ、ああ」
ぎこちない会話の糸口が見つからず、視線を彷徨わせた私は俯いた。
これ、……渡さない方がいいかもしれない。
「帰ろっか。宮地君」
「……待て。お前、さっき何か言いかけてなかったか……?」
「え……ああ。ううん、何でもないの」
「そう……か」
「うん」
手の中の小さな紙袋を背に隠して、何でもない顔で笑って歩き出す。
そうすると、宮地君も私の隣に付いて歩き出した。
さっきまでのドキドキした感情は、もう無くて悲しい気持ちばかりが私の心の中を渦巻いていく。
胸の奥をきゅっと締め付けられたような切なさに、いつもなら率先して話しかけているはずの言葉も出てこない。
やばい。なんか……泣きそう。
そう思った途端に、じんわりと涙が浮かんできてしまったものの、なんとか瞬きをしてやり過ごす。
そうして一人で涙と格闘しているうちに、寮の前まで着いてしまった。
「それじゃあ、また来週ね!」
宮地君の方を見る事も出来ずに、なるべく声だけは!と無理と明るく声を掛けて私は宮地君に背を向けた。
そのすぐ後に、堪えてた涙が流れ出す。
「……おい!」
そう声を掛けてくれたのに、涙の所為で振り向く事も出来ない。
「な、なに?」
立ち止まっては見るものの、そのままどうする事も出来ずにいると、宮地君が近寄ってくる足音がした。
どうしよう……隠し通せるかな。
俯き加減のままそのままで居ると、手を伸ばせばすぐ届く距離に宮地君が立った。
「もしかして……具合が良くないのか?」
「え……」
「……さっきからなんかおかしいぞ」
「そんな事ないよ。宮地くんの気のせいだよ!」
お願い。ここは見逃して。
そう願っていたのに。
焦る気持ちもあるのに、彼の気遣いが嬉しくて、増加していった涙が地面へと何度も落ちていった。
「っ……夜久?!」
「……っ」
そっと肩に触れられて、堪えきれずに嗚咽が零れた。
一度それが漏れると、もう後から後からとキリがなくて。
「どうしたんだ?」
そう、尋ねてくる宮地くんに何度も首を振る。
「ごめんね、何でもっ……ないのっ」
しゃくり上げてなんとか言葉にして、泣き止めってどんなに思っても涙は止まる気配がしない。
焦る一方の私は、一歩、二歩と後退って距離を取っていった。
それなのに。
距離をとった分だけ歩みを進める宮地君に慌てて、スっと顔を上げた時。
私はいきなり前のめりになって倒れそうになった。
何事かとヒヤリとさせながらも、頬に押し付けられた温かなものが何かと見上げると、すぐ傍に宮地君の顔があって。
離れようにも背中に回った宮地君の腕がそれを許さなかった。
「宮地君……っ」
何が起こったのかわからずもがく私に、抱擁は強くなった。
「……好きだ」
「……え?」
今、なんて……。
「夜久が好きだ」
もう一度繰り返されるように告げられて、一呼吸してようやく理解した時には、あまりの衝撃に涙など止まっていた。
「返事は……しなくてもいい。……ただ、知ってて欲しかったんだ」
そっと離れていく宮地くんが、寂しげに微笑んだ。
それを見て、隠したままだった小さな袋が自然と前へ押し出される。
「……夜久?」
「私の、宮地君への気持ちです」
そう、これは言うはずの無かった気持ち……だけど。
「宮地君が好きです」
勇気のない私に代わってあなたが言ってくれたから。
大好きです。
そう思いを込めてそっと笑うと、先程とは違う笑顔を浮かべた宮地君が再び私を引き寄せて、「ありがとう」と囁いた。
だから泣けない
2010/02/14
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