哀想/スタスカ | ナノ


紙を捲る音に、物をしたためる音、加えて静かに鳴る足音。
小さな音ばかりが集まるその場所に、僕はだんだんと落ち着かなくなっていく。
横を通り過ぎる人達は、もの珍しいものを見るように眺めるか、はたまた鋭い視線を送ってくるかのどちらかで、僕は監視されているような気持ちになった。
考えすぎだろうか。
自意識過剰なだけだ……きっと。確信を強めるために、そっと辺りを伺う。するとどうだろう。偶然かもしれないが、数名の人と目が合った。
やっぱり、目立つ……よね。

「小熊君、どうしたの?」

囁くような小さな声が、すぐ隣の机から発せられた。
凛として、聞くものを和ませるとても可愛らしい声だ。

「い、いいえ。な、なんでもないんです……」

野に咲く一輪の華のように、可憐で愛らしいのは、何も声だけではない。容姿も相まって、その全てを現していた。

そんな人と仲よさそうにしているのだから、こうして怪訝な目で見られるのも仕方のない事なのかもしれない。
僕のような冴えない奴が、学園でただ一人の女の子と一緒にいることなど、ひどくおかしな話だった。

ゆるくかぶりを振った僕は、広げたノートへと視線を落とした。







部活も勉強も一緒くたになんでも出来たら、それはどんなにいいことだろう。
僕の人生も少しはましになるものかもしれない。
だけど、要領の悪い僕にはそれが出来ない。
散々な点数をはじき出したテスト結果を前に、僕は肩を落とした。

その所為で余計に心が乱れていたのだろう。
テストと同じように、部活でも目も当てられない結果を出した自分に、僕はどん底に落とされるような気持ちで部活を終えた。
周りの先輩方は僕を心配してくれたけど、気持ちは浮上することなく、寮へと帰宅した。




気落ちしたまま夕食がすみ、明日の授業の用意をしていると、複数のメールが入っている事にようやく気がついた。
それは、犬飼先輩や白鳥先輩、そして学園のマドンナの夜久先輩からだった。
内容は今日の僕の状態を心配しての事で、ひどく恐縮しながら、苦手なはずの教科へ手を伸ばしていた。
いつまでも情けない後輩のままでは、先輩方に顔合わせ出来ないから。
そう思うと、不思議とやる気があがっていった。

次の日も、そのやる気は僕に備わったままで、放課後はまっすぐ図書室へ足を運んでいた。
今日出た宿題をさっそく終わらせる為に、教科書とノートにかじりつく。分からない、けれど諦めたくない。葛藤している僕の向かいの席に誰かが座った。
夢中だった僕は、それすら気づかない。
黙々と宿題に目を通し、うなだれて、息をついたところで、ようやく誰かが座っていると気づいた。
顔を上げたとき、見知った顔を前に、随分驚いたものだ。

顔を上げた僕に気付いた夜久先輩は、やわらかな笑みを浮かべて小声で話す。

「偉いね、小熊君」

「あ、えっと……いいえ。要領が悪いんでこれくらいしないと駄目だと気付いて」

「そっか。私も見習わないとだな」

手にした本を閉じた夜久先輩は、音を立てないようにそっと席を立った。
帰るのだろうか。そう思っていたのに、夜久先輩が来たのは、僕の隣の席だった。
先ほどよりも距離の詰められた位置に、僕は緊張してしまう。

「少しだけ見せてもらってもいい?」

「ど、どうぞ」

震えそうな声で、僕は教科書を手渡した。
何度か頷いた夜久先輩は、「ありがとう」と言いながら、それを返した。

「ここなら、わたしも分かるところだから、何かあったら遠慮なく言ってね!」

「ほ、本当ですか?」

「うん」

やっていたのは僕が苦手としていた教科だから、とても嬉しかった。
そのすぐ後、夜久先輩はまた手にしていた本を読み始め、僕は僕で教科書に目を落とした。
遠慮なく。その言葉に甘えさせてもらい、何度か夜久先輩に助けてもらい、なんとか宿題は片付いた。
安堵の息をつきながら、僕は少しだけ自信がついた気がした。
これも全て、夜久先輩のおかげだ。

「夜久先輩、本当に……ありがとうございました」

図書館の出入り口の前で、改めて深々と頭を下げた僕に、夜久先輩はまたふわりと笑みを零す。

「ううん。全然いいよ。むしろ、また分からない所があったらどんどん聞いていいからね」

その場合は、多分、周囲の目が気になって、金久保部長のように胃を痛める事になりそうだけれど。
僕は元気よく「はい!」と答えてから、夜久先輩の横に恐縮しながら並ぶ。
夢みたいな距離は、たぶん僕には似合わない。
けれど、たった今、ほんの少しだけ。

夜久先輩と共に図書館を去りながら、僕はその嬉しさをそっと噛締めていた。






いちばんたいせつなひとへささぐいのり
2010.10.14
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