哀想/スタスカ | ナノ


死ネタ注意。














カーテンの端から漏れる陽の光が、閉じていた瞼にやさしく当たった。
すっと覚醒していく意識。


まるで予感していたように、月子は眠りから覚めた。
夜明けからはだいぶ時間が経過していたが、平日ならまだ布団から出ない時間。
だが、朝日は冷えた空気に身を寄せていき、地面を凍らす霜を緩やかに溶かしていく。
本当なら寝ていてもいいくらいなのに、一度きっちり目が覚めてしまったから、また眠りにつく事は難しそうだった。
せっかくの休日なのに。そう嘆くものの、月子はそっとベッドを抜け出した。




寝間着を着たまま、厚手の上着を羽織り窓の外を眺める。
目の前には、薄ぼんやりした青が空一面を染めていた。
けれど、雲一つない青空だ。
底冷えする風が頬を掠めていくのを覚悟に月子は、家の扉に手をかけた。寒さが身体に噛みついていく。まだ一分と経っていないのに、身も竦むほど寒い。
けれど、空気は清涼感に満ち、たしかに澄んでいた。

人一人歩いていない道は、黄金色に帯びて、月子の目に飛び込んでくる。綺麗な風景だと月子はその様子をじっと見つめたあと、寒さでかじかんできた手のひらをさすりながらそのまま家の中へと入ろうとして、はたと立ち止まった。
ポストに手紙が入っている。

(そういえば、昨日は疲れて帰ってきたから忘れてたかも)

一人暮らしはもう随分と慣れてきていた。最初は戸惑いばかりだったけれど、今は気楽に楽しんでいる。
月子自身、正直、そんな事が出来るとは思っていなかったが、案外なんとかなるものらしい。

ポストから封筒を取り出し、差出人の名前を見たが、どうやら水に濡れてしまったようで、封筒に伸びたインクの染みが出来ているだけだった。

(誰だろう……)

疑問に思いながら室内に入った月子は、宛名も一緒に見たが、同じくインクの染みで汚れ、辛うじで『夜久月子』と、自分の名前がわかるぐらいだった。
よくこれで着いたものだと少し関心はしたが、よく見ると『住所不明』の判子が何個も押された。消印だって五年も前のものだ。

五年前の、そう。
忘れもしない月が、今でも蘇るかのようで、慌てて首を振った。悪夢が降り注いだあの頃を、思い出すようで怖かった。


消印をしばらく眺めたあと、月子はようやく封を切った。そこには、一枚の便箋が半分に折られて入っていた。
そっと開いてみる。水の被害は中にも関わっていたが、それでも封筒部分とは違い、字も見えていた。

見たことある、……ありすぎる文字。

それは、突然の別れを告げた『彼』の字で間違いなかった。



好きすぎてどうしようもない。
その言葉の通り、時に自分を見失いそうになる程、その恋は本気だった。
一日一日過ぎる度に、彼のことがより好きになる。
同棲生活も何事もなく過ぎ、毎日が幸せで、ずっと一緒にいられると思っていた。


あの日までは。


彼が家へ帰ってこなくなったのは、突然だった。

仕事で遅くなったのだと決め込んでは見たものの、彼の為に作った料理は、手をつけないままになった。
数度携帯電話に連絡したものの、電源の入っていない電話とメールは一方的で連絡がつかなかった。

(どうして……?連絡をくれなかった事なんて今まで一度もなかったのに)

初めは仕事の関係だと思っていた月子も、次第におかしいと思い始め、周りに彼の行方を聞いて回っていたとき、一本の電話が入った。

「――さんが、お亡くなりになりました」

目の前が真っ暗になった。動かない頭と体を動かし、とっさに自分と彼との共通の知り合いに助けを求めた。
慌てて駆けつけた友人と共に、病院へ向かう。身体と心が引きはがされそうな位、痛かった。

ショックで今にもへたりこみそうな身体を鞭打って、案内された場所へと向かう。
そこには、ベッドの上で冷たくなって横たわる、彼の姿があった。




彼を見た人の証言によれば、朝も夜も、彼は街中の一カ所に立ち続けていたそうだ。その日は、ここ一番と言うほどの寒さが降りた日。そんな中で、一晩中外へ居て平気なはずなかった。
肺炎を起こした彼は倒れ、偶然通りかかった人に助けられたが、それでも命までは助からなかったようだ。

人からの証言では、女性と一緒にいるのを目撃した人も居たようで、月子以外の人と関係を持っていた事実に月子は愕然とした。

そして、誰に宛てての物なのか、彼の所持品の中に綺麗な宝石が埋まった指輪があった。
誰に宛ててのの物なのか、問い詰めようにも、もう彼はいない。




どれだけ月日が経っても、それでも忘れる事なく過ごしてきた。
好きだった。
本当に好きだった。
その感情が鮮やかに蘇った。

「どう……してっ」




手紙には、大事な話があるから指定した場所まで来てほしいと書かれていた。
電話やメールならすぐに月子も気づいたのに、今更手紙なんて古風な連絡手段。
手紙の中にあった日付と場所は、彼がずっと待ち続けていたあの日のあの場所。
そう、彼が待っていたのは、誰でもない。
月子を待っていたのだ。
手紙を書いたのは、その日より二週間も前だった。けれど、それが届かなければ月子が知らなかったのも無理は無かった。

手紙が届いてさえいれば、こんな事にはならなかったのに……。

「こんなのって……ないよ…」

そのままうずくまって泣きじゃくっても、彼が戻ってこないのはわかっていた。





気持ちも落ち着いた後日。
月子は、押し入れの奥底に眠っていたダンボールを取り出した。
そこには、どうしても捨てられなかった彼への想いと共に、彼の残した者や写真が詰まっていた。
一緒に並んで取った写真を写真立てに収めて飾ると、もう一つ小さな箱を手に取った。

蓋を開けて見えたのは、あの時と変わらぬ輝きを放つ指輪。
それを手に取り、左手の薬指に収めて、写真立ての彼に笑いかけた。

「今もあなたが大好きです」

今にも零れそうな涙の雫は、指輪にはめ込まれた宝石のようにキラキラしていた。







わすれられない人
2011.04.01
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