哀想/スタスカ | ナノ


「わぁあ!!」

ばさばさと音を立てて落ちていった教材に愕然としながら、僕は慌ててそれを拾い集める。
まるで、わざとぶちまけたように広がった教材を見て、少し泣きたくなった。


――宿題だ。


そう言われたその教材は、星の名前を細かく記してあるジグソーパズルで。
変わった事が好きな先生だったのか、次の授業までに作って提出。と言われたのはつい数十分前の話だった。
そのジグソーパズルが、今廊下の四方に散らばっている。いつも行動を共にしているクラスメイト達は、僕を見て少し呆れていた。
それも確かに頷ける。僕だって自分と同じ奴が目の前にいたら、同じように呆れているだろう。

「毎回のように小熊は何かしらやらかしてくれるな」

「あはは、だな〜!」

そう、笑いながら言う友人達に、僕は曖昧に笑みを返した。

「……皆、お、遅れるから先に行ってていいよ」

もともと次の授業まではギリギリで急ぎ足で向かっていた僕達だったから、このままでは皆が間に合わなくなってしまうだろう。
早く行った方がいいよ。そう急かすように促すと、友人たちは「悪いな」と言いながら、一人、また一人と僕の元を離れていった。足音が遠のいていくと、辺りはシンと静まり返っていく。慌しさが消えると同時に、じわじわと僕の心にも自分のやるせなさが生まれてくる。

もっと要領良くやりたいのに……。
そう、思う事が入学してから一体幾つあっただろう。

勉強に部活に私生活に……。と、ありとあらゆる事に対して、人よりワンテンポもツーテンポも遅れている僕自身を僕はあまり好きではない。
やればなんでもできてしまう。天才気質の木ノ瀬君みたいに自分もなれたらいいのに……。
はぁ。と、お腹の中の空気を全部出し切ったような大きな溜息を着いた時、小さな足音が僕へと近づいてきた。

「大丈夫?」

ふと降りてきたのは、凛とした鈴の音のような綺麗な声だった。
咄嗟に酷く驚きながら僕は上を向くと、そこには週に何度も目にしている憧れの人の姿があった。

「あ、あ、夜久先輩……っ」

「この教材懐かしい……!私も去年やったよ」

そう言いながら、夜久先輩はしゃがみこんで僕の教材に手を伸ばし、拾い始めた。

「せ、先輩。いいです。僕は大丈夫なんで……!」

「そんな事言われても、放って置けないよ」

「で、でも、授業に遅れちゃいます!」

先程の友人達の時のように、大丈夫と言っても夜久先輩の手は止まらなかった。
散らばったそれを一つずつ集め、いつしかパズルの山が出来ていく。

「大丈夫、さっきまで緊急で生徒会の集まりがあったし、それを理由にしておくから」

その直後、予鈴の音が校舎中に響いて僕は更に焦り出すが、夜久先輩が立ち上がる気配はない。
皆には秘密だよ?とピンクの舌を小さく出しながら話を続ける夜久先輩に、胸が熱くなっていく。

「あ、……ありがとうござい…ます」

嬉しくなって語尾が終わる頃には、しどろもどろになってしまった。

「ううん。それにね、私もこの教材こうしてばらまいちゃったことあって」

「……えっ!?夜久先輩もですか?」

「うん。一緒に居た幼馴染に物凄く怒られちゃった」

怒られちゃったと言いながらも、それですら夜久先輩は笑っていた。

「私、結構抜けてるから、他にも色々やっちゃうんだよね」

「……以外です。夜久先輩はいつもとてもぴしっとしてますから、なんか……想像もつきません」

「そんな事全然ないよ。むしろ、もっとちゃんとしろって怒られてるくらいだよ」

耳を疑うような言葉の数々に、僕は目を白黒させる。だって、そんな話は俄かに信じ難かったから。
夜久先輩はいつもキラキラしてて、部活でもすごくて。
完璧な人だと思いこんでいたけれど。
それは僕のただの妄想だったのかもしれない。
傍によることさえ躊躇うような存在……そう、思っていたのに、こうして話してみると妙な親しみが沸いた。
僕の鈍さも、たまには役に立つのかな?
こんなことでもなければ、この先ずっと夜久先輩の内面を知らずにいたのだから。

「あ、あれで終わりみたいです」

そう最後の一枚を拾い、僕は夜久先輩の方へ振り向いた。
その時唇に触れた、やわらかな感触。
掠めるように唇に触れたのは、僕の隣に居た人。驚いて遠のくと、夜久先輩は自分の手を頬へ持っていった。

「わ………!」

「……あ」

いつの間にこんなに近寄っていたのだろう。
酷く驚いて僕は慌てて後ろへ後退したが、慌てすぎて今度は足下を滑らせ、見っとも無く床にしりもちをつく。

「いたた……」

「……だ、大丈夫?」

「……はい」

顰め面をする僕に、夜久先輩は真っ赤な顔をしながらも僕を気遣ってくれた。

混乱しててよく分からないけど、もしかして僕、夜久先輩のほっぺにキスしちゃった……?

「す、すみません。夜久先輩……」

「……っ」

勢い良く頭をさげた僕に、夜久先輩はぶんぶんと首を振っているけれど。

「ほ、本当にすみませんでした」

「……いいよ、小熊君。……顔、あげて?」

自分のしでかした事に完全に気落ちしながらゆっくりと顔を上げると、夜久先輩はそっと微笑んで立ち上がった。

「小熊君……、もうそろそろ戻らないとだよ」

「は、はい!あの、本当にありがとうございました!」

「うん。また部活でね?」

「はい!」

手を振りながら離れていく月子先輩を見ながら、僕はまた何度か小さく頭を下げてから踵を返した。






次の教室へ向かいながら考えるのは、先程の事故の事で。
いつも桜色に色づくその頬に、自分が事故とは言え口付けしてしまったのが信じられない。
夜久先輩が言っていた幼馴染のどちらかに見つかれば、きっとお小言だけでは済まない事だっただろう。
先輩……真っ赤になっちゃって、可愛かったな。
そう思い出すと、顔がかぁっと熱くなってきて何も考えられなくなって来てしまい。

結局、僕は目的の教室を目前に、再び教材を床にばら撒いてしまうのであった。






やさしさのかたちをしたひと
2010.02.27

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