哀想/スタスカ | ナノ


夏休みが終わってしばらくが経つと、全身から湯気が出そうな暑い日差しは、するりとどっかへ通り過ぎていった。
海水浴の時期でもなく、今日は平日だからか、そこはまばらに人影が見えるだけだった。

「ぬは!月子、見て見て。ここ、全部砂だぞ〜」

「うん、すごいね。それに……海が綺麗」

どこまでも続く砂浜と海を前に、はしゃぐ俺の後ろを、月子は歩いていた。
生徒会の買出しを理由に学園の外へ出た俺達は、買い物が終わってすぐに、近くに見えた浜辺へと、降りてみた。
遠くでは波止めをするテトラポットが何個も積み木みたいに積みあがっている。山ばっかりに囲まれて生活しているから、少し物珍しい光景だった。
寄せては返す波打ち際を、じっと見つめてその波のリズムを確かめた後、海の色に気付く。
海へと沈んでいこうとする太陽の色で、海全体がキラキラ光って、それでいて全部が橙色だった。
まるで、海の蒼さなど消してしまったかのように、見事に染まりきっている。

「ぬはは!なあ、つき……」

月子、海が面白い事になってる。

そう続くはずだった言葉は、俺の口から不自然に途切れた。
後ろを歩く月子を見ようと振り返った時、言葉が出なくなっていた。
月子も夕陽の橙色に染まってる。それが凄く綺麗で、目が外せなかった。
あれ?じゃあ、俺も染まってる?
そうして自分の手を見てみると、俺の手も確かに橙色に染まっていた。
でも、一緒の橙色に染まってるけど、きっと同じ橙色じゃない。
同じ人間だけど、俺と月子は一緒の人間じゃないから。
同じ細胞分裂をして、同じように息をしている人間だけど、きっと月子は俺なんかが比べちゃいけないくらい、綺麗だと思うんだ。

陽に透ける髪の毛や、俺まで元気になる可愛い表情や仕草。
それら全部が可愛くて綺麗で、大事にしたくなる。でも、少しだけ俺が触れてもいいのか、不安になる時も……たまにあるんだ。
俺が触れたらすぐに壊れちゃいそうで怖いから。

やさしげな表情で海を見つめる君と同じ物を見ているのに、そうやって同じやさしい表情が出来ない。
月子から見る海はどうやって見えてるの?
俺とは違うように見えてるの?
視線を外せずにいると、それに気づいた月子が、大きな目を見開いて、俺の方を見てきた。

「どうしたの、翼君?」

「ううん。なんでもない」

そう言って、俺は月子の横へ並ぶ。
お互い、買いに行った荷物で、片方の手が塞がっている。そうじゃない手を伸ばして俺は月子の手を取った。
人の温もりを感じて、なんだか安心する。

「つばさ……くん?」

「うん。何、月子?」

名前を呼ばれて、逆に問いかけると、月子は少し視線を彷徨わせてから首を横に振った。

「ううん。ただ……ね。海が眩しいくらい綺麗なオレンジ色の海だと……思ったの」

目に染みるような鮮やかな橙色を見て、月子は笑う。

「うぬ!すっごい橙色だな。眩しいって感じるのは、俺達が生きてる証拠なんだな……」

「うん、そうだね」

そう、嬉しそうに呟いた月子を見て、胸の奥が締め付けられるような、甘く切ない気分になった。その感情に俺はたまらず、月子を抱きしめる。
間を埋めるように、ぎゅっと腕の中に閉じ込めると、それは更に強くなった。

俺の命も、月子の命も、誰かに与えられた命かもしれない。それは、両親だったり、俺みたいに、じいちゃんやばあちゃんだったりするけれど。
生きるって事が、改めて不思議なのと、君が今ここに居てくれる事が嬉しいのと、泣きそうなのと。
いろんな感情がぐるぐるしてて、言葉がまた詰まる。

何が起こったのか、しばらくはあわあわとしていた月子も、直ぐに俺の背中に手を回し、抱き締め返してくれた。




「月子」

腕の中にいる月子の存在を確かめるように名前を呼ぶ。
幸せを噛みしめるように、ゆっくりと……。

「なあに?翼君?」

きょとんとした表情で俺を見上げてるのだって、本当――。

「〜〜っ!かわいいっ」

叫ぶように言ってから、俺は月子に顔を寄せた。ぶつかるまで顔を寄せたのは、可愛い事ばっかり紡ぐ唇。
それを覆うように唇合わせ、ぱくんと挟み込んだ。
突然の事に驚いて、月子は身体を強ばらせた。だけど、抱き締める腕も、口付けも俺は離さない。
口付けの甘さや、漏れる吐息さえ塞ぐように、月子を知ろうとしていると、徐々に頑ななその力は解けていった。
そうして、触れるだけの口付けをいっぱい繰り返し、その合間には間近で月子の顔だって見た。
瞼をおろし、僅かに震える長い睫と夕陽のせいか、それとも別の要因からか。夕陽色に染まったほっぺたが俺の目に映る。

「っん、…月子……大好き」

「ふっ……っ」

息つぎしようとする度に、唇は離れるけど、それでもすぐにくっついて。
それは、月子が手してた荷物を落とすまで、続けられた。






沈みきった夕陽の後には、あとは真っ暗な闇が待っているだけだった。でも、全てが闇な訳ではなく、既に茜色の空には一番星が輝いている。

「月子、帰ろっか?」

「……うん」

繋いだ手を引いて、学園へと戻るバス停に乗り込んだ。学園前に着くまでの間、交わす言葉はほとんど無かったけれど、繋いだ手の温もりと一緒に、ぬっくぬくのあったかい気持ちで俺は満たされていた。







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2010/08/15
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