哀想/スタスカ | ナノ


※秋プレイ前に作っていたお話です。





まるで呼吸をするかのように自然に紡いでいった言葉に、たった今まで笑顔だった陽日先生の顔が凍りついたように固まった。
自らの唇から離れていったその言葉を耳で聞き取った私は、自分で言ったはずの言葉なのに、それを疑った。
私、今……なんて言った?
まさか……私は、言ってしまったのだろうか。






決して口にしてはいけない言葉だった。
好き。だなんて、私が口にしてはいけなかったのに。


はらはらと零れ落ちていった花びらを掴む事が難しいように、言い出した言葉を元に戻す事は容易くなかった。
冗談にしてしまえば。友達のような好きと訂正してしまえば。

「お、オレも夜久の事、すっげー好きだぜ?オレっていい生徒に囲まれて幸せだなあ」

先ほどまでの笑顔を取り戻し、気を取り直したように笑う陽日先生。
違う。先生への好きはその好きじゃない。咄嗟に反論する気持ちが生まれてしまった。

「私は陽日先生が、先生だから好きなわけじゃないです……」

「え?」

「陽日先生だけが好きです。…好きなんです」

言わなければ全てが無かった事に出来たのに。
ココロに収まりきれなかった気持ちが溢れ出して、思考はそればっかりに進行していった。
陽日先生も私の事を好きでいてくれればいいと思ったことはあったけど。
答えが欲しいなんてこと、少しも思っていなくて、ただ、気持ちを伝えたかっただけ……なんて、一方的で傲慢な気持ちだろう。




「悪い……お前はオレの生徒だから、お前の事、そういう風に……見れない」




言葉は鋭利な凶器のように、私の胸を貫いて、急激に痛みを伝えてくる。
痛みを発しても、一方通行のままの想いでも、何ら変わることがない想い。

「私が……生徒じゃなかったらいいの?」

無理な事を言い出しているのはわかってる。でも、そんなすぐに諦められるものだったら、とっくに諦めている。

「好きです……好きですっ」

そう伝えていくたびに、今までまっすぐに私の事を見てくれた視線は、揺らいで定まらなくなっていく。
唇が小さく震わせた後、陽日先生は呟くように告げた。

「ダメだよ。わかれよ」

緩くかぶりを振ってから、私との距離を少し離した先生はなおも続けて言う。

「オレは教師で、お前は生徒だ。これは、これからもずっと変わらない……ごめんな」

そう言って、陽日先生は僅かに笑みを見せて、私の頭を撫でた。
明確な拒絶を口にしながらも、その瞳はいつもみたいに優しい。
その優しさに、胸がぎゅーっと締め付けられるような気がして、急に泣きたくなってきた。



ごめんな。って言われてもまだ好き。これは言う前も言った後も変わりない。今にも零れてしまいそうな涙を必死にこらえると、私は俯いた。これ以上先生を困らせたくない。

「……っ、突然すみませんでした」

そのまま顔を見ないで、私は陽日先生に背を向けて歩き始めた。その途端、涙が頬を伝っていく。
泣いた姿を先生に晒すのは、先生に同情を引こうとしてるみたいで嫌だった。



だから。

『諦めたくないです。』

そう喉の奥で突っかかる言葉は、震えた唇からは結局零す事はなく、誰も居ない校舎片隅までいくと、私は誰にも気づかれぬように静かに涙を流した。




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カランと涼やかな音を鳴らしたそこには、琥珀色の液体が波打っていた。
先ほどから増える事も減る事も無いその嵩高も、氷が小さくなる事に色が薄まっていっている。
酒の入ったグラスを眺めては頭を机につけて、そしてため息を吐く。
もうどのくらい胃の中へ流し込んだなんか覚えていない。それぐらい、酒を煽った。
酒の席では羽目を外すことも多いが、それでも今日ほどではない。
正直、もう飲んでないとやっていられないと思ったんだ。
仕事が嫌な訳じゃない。寧ろ、大好きだ。特殊科目を学べる星月学園の教師になれたことは、自分としても誇りを持っているし、生徒達と接する事は楽しい。
毎日が充実していると、思うし、そして思っていた。……今日までは。

考えただけで胸がもやもやして落ち着かなくて、酒の力さえあれば消せると思ったのに、どれだけ経っても微塵も消える気配は無い。

「琥太郎センセ……オレって酷い先生なんだ……」

一緒に飲もうと誘ったが、誘われた側としては多分嬉しくも無い無言ばかりが続く席でぼそりとオレはそう言った。
琥太郎センセも何も話さず、オレの言葉を聞いて静かに「そうか……」と言って、手にした飲み物を口元へ運んでいた。



オレは酷い教師だ。
もっと他に言い方があったかもしれない。あいつを、夜久を傷つけずに言える言葉があったかもしれないのに……。
どうして、オレって……駄目なんだろう……、大切な人を作るのが怖いんだ。
好きだって思っても、いつまでも続くもの関係が成立しても、それがいつまでも続くとは限らないだろ?

だったら、最初からいない方がいい。それなら、オレも相手も痛みは最小限ですむ。
……でも、本当は……もっと傍にいて欲しかった……なんて、ただの我侭だな……。
そんなの、ずっとわかってたけど。
一緒に居るのが嬉しくて、でも辛くて。オレを変えていく夜久が怖かった。
こんな思いが、酒を飲むだけの簡単な事だったらオレは最初からこんな思いはしてない。


お前が好きだ。
そう、言えたらどんなに楽だったろう。どれだけお前が傷つかずにすんだだろう。
今にも泣きそうなお前を抱きしめてやれたらって、……そう思ったけど出来る訳が無かった。


ぽんと気軽に頭を撫でてやる事も、きっともう出来ない。
以前のように夜久が接してくれることもないだろう。
でも、どうか……オレの元へ来て、また笑っていて欲しい。……なんて、未練たらしくそう思う。
好きだ。という言葉を味の薄い酒で流し込むと、オレはまるで深呼吸のような長いため息を吐いて、目を閉じた。





それが君の優しさだと知っていた
2009/09/10
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