哀想/スタスカ | ナノ


星月学園へ入学してから、二ヶ月が過ぎようとしていた。今まで実家暮らしをしていた身で慣れない寮生活にも、ようやく生活リズムが掴めてきたところだった。
幼馴染と入学して来た者は他にもいるようだが、俺の幼馴染の一人は学園始まって以来の女子入学ということもあり、あいつの隣に居る事の多い俺も一緒に好奇の目を向けられていたけれど。
男ばかりのこの学園の中で、あいつの傍にいて、その笑顔を守っていく。
それだけを頭に入れていれば、特には支障がなく生活していけた。
もう一人の幼馴染の哉太は、月子の周りをうろつこうとする者を牽制するように、既に喧嘩をしているようだった。

哉太の身体の事を含め、止めに行った方が良い事は分かっている。実は、何度も哉太には言ったのだが、聞こうとせずに逃げてしまうのだから、何かきっかけがないとこれは無理なのかもしれない。
それまでは、仕様がない。哉太の事は軽く目をつむっておこうと思う。





カラっと晴れ渡る陽気も雨の多い時期に変化していくと、それは姿を見せる事さえ稀となっていた。
もう一週間も太陽を見ていない今日の空も、やはり鈍色の空で覆われて、じめじめとした雨が降っていた。
それはもう見事なばかりに放課後まで振り続け、夕食が終わった今も、窓の外は大量の雨で大地が十分過ぎるほど潤っている。
ニュースの合間にやる天気では、夜半からようやく雨が止むといっていたが……果たして信用できるものか。

部屋にあるテレビを見ながら、ぼんやりとそう思った時、明瞭な音楽が携帯から鳴り響いた。

あ、月子からじゃないか。
ディスプレイを見てすぐに取り次ぐと、初めに聞いたのは『ボタボタ』と重たい水音だった。雨の音なのだろうか……?
その音と一緒に、掻き消えそうな声が耳に届いてきた。

「…………もしもし、錫也?」

「ん、……どうしたんだ?何かあったのか?」

元気のないその月子の声に、少し不安になりながら様子を伺ってみる。

「うん……ちょっと……」

「……うん?」

言い出そうとして言葉が出ないのか、それ以降月子の声は途切れてしまった。
その代わりのように、『ボタボタ』と変わらぬ水音が俺の耳に届く。
なんでこんな音……聞こえてくるんだ?
もしや…………これは外ではないだろうか?
それは、傘を差しているときに、傘へと落ちる雨音に似ている気がした。

「月子……今、どこに居るんだ?」

「……外に、いるよ」

まさかとは思ったが、そのまさかだったとは。月子のその言葉を聞いて息を呑んだ。こんな雨の中を……一人とかじゃないだろうな?
心配して急くように月子を追及する気持ちをなんとか抑えると、俺は口調が強くならないように努め、聞いてみた。

「外って、どの辺にいるんだ?」

「あのね、……錫也の寮の前……」

「っ!……今行くから」

言い捨てるように早口で告げてから、棚に置いていた上着を羽織って外へと出た。
特に不自由なく暮らしていたはずなのに、入口までの距離がもどかしいと感じたのは初めてのことだった。
廊下に居る者など構わずに玄関口を出たところで、建物の影から傘の端が映った。
決して明るいとはいえない街灯へと照らされたその傘の色には、見覚えがあった。
手にした傘を開いてそちらへと駆け寄れば、すぐ傍で振り向いた月子の表情に、俺は不安の色を濃くした。

「どうした?」

眉を下げて今にも泣きそうな、そんな顔。
本当は、一人で出歩くなんて危ないだろ。そう、言うつもりだった。
今度から俺がお前のところまで行くから。と――。
それなのに、そんな言葉も全て飲み込んで、この幼馴染の事が心配で堪らなくなった。
お前に何が起こったんだ?なんで、そんな顔をしてる?

「月子、俺の部屋へ行こう?」

雨脚が弱まるどころか、強まる一方の天気が気になり促してみるものの、月子の返事はない。
仕方なく、やや強引かもしれない。と思いながらも、自分の傘を畳んで月子の傘を取った。

「ほら……月子?」

背中を軽く押して進むと、ようやく月子も足を進めてくれたが、寮内へ入ったときはお互いかなり濡れてしまっていた。
自分の事などどうでもいいが、これでは月子が風邪を引くかもしれない。
部屋へ招いてから直ぐにタオルを渡し、月子が羽織っていた上着を預かり、かわりの服を渡した。
サイズの面はどうしようもないが、とりあえず羽織るだけでも違うはずだ。
備え付けのコンロでお湯を沸かしてから、床へ腰を落とした月子へたっぷりのミルクの入ったコーヒーを差し出す。すると、それを受け取った月子が二、三度それを啜った後に、傍にあったテーブルに置いていた。
ようやく一息ついた今、最初に話した時のように、「どうしたんだ?」そう言おうとした俺より前に、月子は口を開いていた。

「ごめんね、錫也……」

床を俯きながら言う月子の言葉に、俺は首を横へ振って、月子の傍へ寄った。
触れそうな程近く、目の前に腰掛けると、雨の所為で少し湿ってしまった頭をゆっくりと撫でる。

「何かあったのか?誰かに何かされた?」

そう問うものの、今度は月子の首が横へ振られた。
具合が悪い?
授業で分からない所でもあったのか?
部活の事か?
それとも、生徒会の事か?
思いつく限りを口に出したが、全て否定で終わってしまった。

可愛いその唇からは、余程その言葉を出すのが重たく感じるのか、語られる事はない。
……なら、なぜ?
そう考えて、ふとしっくりとくる答えが直ぐ傍にあったことに気付く。
俺はずっと月子の隣に居たはずなのに、なぜそれに気付かなかったのか。

ああ、お前――。

「寂しく……なったのか?」

「……っ」

そう俺が言ったあと、月子は俺を見上げて、やがて小さく頷いた。
雨が降っていることで、気分も落ち込み気味になったのか。
多分それは――ホームシック。
それにかかる事など、決して恥ずかしい事ではないのに。
まして、月子はこの学園でただ一人の女の子だ。それでも、本人はそれを承知の上で入学したとはいえ、寂しくないわけがない。

「そっか……」

「ごめんね……ごめんね……っ」

俯いていったその眼から、溢れ出た涙が頬を切っていくのが見えた。
呟くように言われた言葉に滲んでいる寂しさを感じ取ると、気付いたときには月子を抱きしめていた。
小さなこの体の中に、どれだけ寂しさを詰め込んでいたのだろうか。

「寂しいなら、いつでも俺と哉太に声を掛けていいんだ」

そうやって月子が我慢していると、俺まで悲しくなるから。

「…っ……ごめ、…ね…っ」

「……いいんだって」

震える月子を俺の腕で囲み、背中をぽん、ぽん、と優しく叩いて宥めようとしてみるものの、嗚咽を含むその苦しそうな呼吸を聞いていると、自分の力の限界を知り、歯がゆくなる。
せっかくお前は、俺を頼ってきてくれたのに。
むしろ、俺の方が「ごめんな」と月子に謝りたくなる。
俺なんか、何の力にもなれない、……ごめんな、月子。

幼い頃から想いを寄せていた大事な子に、いつものようになだめるような言葉を探すが、そんな時に限って思いつかず。
泣き止む気配のしない月子を抱きしめたまま、俺はただ只管、自分の無力さを心の中で責め続けていた。







やるせないかさ増し
2009/11/16
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