哀想/スタスカ | ナノ


宝石を鏤めたような…なんて言葉が、普通の街中であるはずも無い夜空を、星月学園ではものの見事に再現してくれる物だから、何度見てもこの光景は飽きない。
金や銀、そしてその他多くの色で、視界一杯に散らされた漆黒のキャンバスを、屋上庭園の地面でごろりと横になって見つめること数時間。
強弱をつけて光る星々を凝らしながら見ていると、俺と同じように隣で横になっている月子が言う。

「ねえ……本当の瞬きってこういうことなんだね」

まるで、今までここで天体観測などした事無いような言い方だったが、星の瞬きなどその日、その日によってがらりと変わる。晴れ、雨はもちろんの事だが、同じ晴れでも明らかに雲が出ている時や、薄くフィルターを引いたようなうっすらとした雲で星の瞬き自体阻害される時もある。
そうした障害が無い時は、そう多くは無く、寧ろ一週間の間だって貴重かもしれない。
だから、月子の言った事が俺にも理解は出来るわけで。

「……そうだな」

そう答えてはみたものの、それなら本当の瞬きってなんだ?って屁理屈のような考えが浮かび始める。こうして肉眼で見ている瞬きだって、性能の良い双眼鏡で眺めたって、それが本当の瞬きという訳ではないだろう。

本当はもっと、ずっと……遙か彼方に存在するその星の瞬きが、今自分の網膜に刻み込まれて記憶に残るというのは、かったるくて半分寝るか、トンズラするかしてまともに受けてない授業で、まぐれのように聞いた話としても不思議だった。




虫達の声しかしない静かな夜、そっと瞼を下ろして身体の力を抜くと、何故だか自分の存在が曖昧に思えてきて、夜闇に溶けてしまいそうな気さえする。
生と死の狭間で俺はふわふわと浮いていて、その線引きがぶれているような気分は、苦痛から放棄出来たようで……少し楽で、少し不安だった。
もし……全てを投げ出してみたら……どうなるんだろうか。

誰にも話した事の無いような、というか誰かに……特に、月子や錫也に言ったら殴られて怒られそうな、そんな不謹慎な事を思っていると、地面に投げ出した俺の手をそっと掴む小さな手。暗闇からうっすらと星明かりで、月子が俺の手を掴んでいた。

柔らかで温かみのあるその手が、俺の存在を捕まえて引き止める。
こいつが凄いと思うのはこんな所だ。どうしたらいいのか分からずに立ち止まって居る俺に、いち早く気付いて無理やりにでも流れに引っ張っていこうとする。歩き出せ、進め。本人はどうしようもないぐらい鈍くて気付いていないが、本能でそれを行ってしまうのが凄いところだ。


月子は、自分から手を繋いだ事に照れているのか、少し気恥ずかしそうに俺の事を見てから、再び夜空へ視線を彷徨わせた。
クソッ!そういう可愛い行動取られると、どうしたらいいのか分からなくなるだろ!


その横顔が、綺麗で胸が熱くなる。
好きという感情は分かるけど、気の利いた感情表現など出来もせず俺も宙へと目を向けた。
眩しいほどの煌きは、写真に収めてもきっとその時の感動を全て伝えられる物ではない……そう思いながらも、星を追い求める。星を撮りたいと思う。

俺も、あの星みたいに光る事は出来るんだろうか。いつかはなくなってしまう命を、こいつのために輝かせていく事は出来るんだろうか。
残像だけでもいい。残せていけるんだろうか……。
追い求めるのは、どこまでも果てしないが、見ようとしなければ見えないもの達。







「星見てっと、なんか泣きたくなるときが……、あるんだよな」

気付いたら、言う気も無かった事を口にしていた。

「何万、何億光年かけて放った光が、俺の元に届くの……見てると、俺ってどうしようもない事で悩んだりしてんなって思ったり……する」


なんで俺、こんなこと言ってるんだ。かっこわりい……。口から出た言葉を戻す事は無理な話なのに、取り戻したくなる。俺の言った事を残さず返せ。酷く後悔している最中、かさりと衣服が擦れる音と共に、月子が起き上がった。

逆光で顔など見えないが、俺を眺めてあいつは何を思うのだろう。やっぱり格好悪いって思うんだろうか。呆れるんだろうか。なんとなく、沈黙が居たたまれず月子から視線を外した時、それは聞こえた。

「……泣いてもいいよ」

「…………はぁ?!」





理解するまでに時間がかかった俺は、それを理解してすぐに思わず起き上がった。
何言ってんだ、コイツは。正面から今度は月子を怪訝な表情で見つめた。
ようやく見えた月子の顔は、そっと微笑んで俺のことを見てくる。
繋いで居ない方の手が、俺の方へ伸びてきて俺の頭をゆっくりと撫で始める。

俺はガキか!……いや、ガキには違いねえけど、でも小学生のガキじゃねえし!

うれしくないと顔を反らすと、くすくすとあいつが笑う気配に余計に気持ちがささくれ立つ。日記なんて付けねえけど、日記を音読されたような恥ずかしくて嫌な気分になる。


「忘れろよ……さっきの」

耐え切れずにそう言って小さくため息をついた。がらじゃねーんだよな……やっぱりこういうのは。
どうここから切り抜けようか俺が迷っていると。




今度は膝立ちになったあいつは、俺の頭ごと抱きしめて自分の小さな胸へと押し付けた。

「おまっ……な、ちょっと……やめろ、そういうの……」

「いいよ、泣いても」

「泣けるかって!」

柔らかな身体を押し付けられて、全速力で走った時みたいに、ドキドキしやがってる心臓が煩い。
むしろ、ドキドキして泣けるはず……ない。
そう思っていたのに、耳から聞こえる俺とは違う心音に落ち着いていく自分が居た。
抱きしめてそっと背中や頭を撫でるのが、幼い子供をあやす母親みたいだ。







懐かしいような、そうでもないような。
よくわからないけど、酷くこいつを愛しいと想う気持ちだけは分かる。

だから、その想いをなんとか伝えようと抱きしめ返して引き寄せて、更に自分が今生きている事を自分へと実感させて安堵していると、先程まであんなに綺麗に見えていた星々が何故だかゆらゆらと揺れて、ひどく歪んで見えた。







ひとみに映るまぶたに落ちる
2009/10/22
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