哀想/スタスカ | ナノ


autumnの直獅ルート、ネタバレになります。
ご注意ください。














窓の外にある木々たちは、逞しい枝に茂らせていた葉を全て落とし、剥き出しの状態で姿を見せている。
時折窓ガラスを揺すりたてながら通り過ぎていく風の様子を、室内に居る私は震えながら眺めていた。
ベッドへと横になった私を押しつぶすようにかけられた分厚い布団は、普段ならいくら寒くても掛けない枚数が載っている。それなのに、寒くてたまらない。
こんな事態になったのは、冬の期末テストを終えた途端に、私が風邪を拗らせてしまった所為だった。

いくら幼馴染とはいえ、異性が寮室へ入ることは、こうした特例の場合でもあまり良く思われない為、錫也と哉太にも『大丈夫』とは言っておいたけれど……。
見る事は適わないが、私を心配しての携帯のメールと電話が、定期的に鳴り響いている。

横になった身体に根が生えたように、私の身体は敷布団に張り付いたまま動かない。
発熱する身体は休息を欲していた。腫れた喉は呼吸をすることさえ苦しい。
ベッドへと吸い込まれるように沈んで、もう起き上がれないのではないかという錯覚が生まれる。

それならそれで、別にいいかもしれない。
熱の所為で生まれた弱気な心と、ぼんやりとする天井遮る様に、重たい瞼を下ろした。




そうしてどのくらい経っただろうか。
遮断していた聴覚が呼び戻されたのは、自室の扉が叩かれ、まもなくして開いてからだった。
返事をする気力もなく沈黙を通した私は、顔も動かせず目線だけをそちらへ走らせた。
本当は相手は確認せずとも、もう誰だか分かっている。

女子生徒一人だけのこの学園で、唯一、保健医兼、理事長の星月先生だけが病状を診察しようと、こうして定期的に私の部屋へと入って来れる。
両手にたくさんの荷物を抱えてやってきた星月先生は、私の机に荷物を置くとゆっくりと私の方へやってきた。

「熱はどうだ?」

「……ごめんなさい、測ってないです」

定期的に測っておけよ。と言って、枕元へ置かれた体温計は結局手に取る事もせずに、今に至っている。

「まあ、いい。今測っとけ。それと、その後に夕食食べろよ」

「ありがとう……ございます」

朝、昼、晩と食事を運びに来てくれる星月先生には、本当に感謝の思いが絶えない。
でも、私の方は3日、病の床へ就いていても一向に回復する気配も無く、逆に申し訳ない気持ちばかり募っていった。


「お前……大丈夫か?」

何の事について大丈夫なのか。と視線を走らせると、そっと気遣うその瞳と合い、瞬間、星月先生は複雑な笑みを零した。
その表情で、私はどの事へついての気遣いか。すぐにわかってしまった。

私ともう一人、陽日先生との行く末を最後まで見守ってくれた星月先生には、この風邪の原因さえお見通しだったのだ。
あの、先月までの穏やかで愛しい日々から、私の日常生活はどこか色の抜けた物に見えてしまっていた。どこが、と言えばすぐには答えられないが、全てが虚ろだった。
朝起きて、学校へ行って、帰宅して、ベッドの中にもぐる。全てに倦怠感を覚え、知らずため息が出る。
それでも、勘のいい幼馴染に悟られないよう明るく、そして弓道部では気丈に振舞うようにした結果がこれだ。

大事な心をあの時に置いてきたまま、身体だけがなんとか動いている。そんな精神状態のまま過ごしていけるほど、私は強くは無かったようだ。
声には出さずに、こくりと頷いた私に、先生は「……そうか」と静かに告げてから、計測の終えた体温計を回収して部屋を出て行ってしまった。
再び静かになった部屋に、そのまま眠りたい気持ちになったが、どうにか身体を起したのは、まだ作りたての夕食が机の上に用意されていたからだった。

湯気の出ている小さな土鍋を開けると、そこには優しい黄色の色をした卵粥が盛られていた。
風邪を引いている私の為に、錫也が毎食、食堂を借りて作ってくれている。
本当は食欲など全くないが、大事な幼馴染が作ってくれたものを無駄には出来ず、無理しない程度に口にした。
錫也本人を思わすような優しい味に、何度口にしても頬がほころんだ。

「……おいしい」

あったかい家庭の味。風邪を拗らす度にいつも食べ物のありがたさを知る気がする。
お粥を食べながら目につくのは、日に日に増えていくお菓子やジュースなどのお見舞いの品だった。
お菓子にメモ紙を書いたり、直接書き込んであるメッセージを見つめては、このままではいけないと思うのだが。
小さくため息をついてもらった品々を見つめていた私は、ある物を見つめたきり目が離せなくなった。

フルーツののど飴に添えられた付箋。
そこには、「早く元気になれよ」というその文字が添えられていた。
いつも授業中に見ていた、筆跡に胸が熱くなる。


誰からか名前が書いてあるわけではなかったが、私にはこれが陽日先生から贈られた物だってすぐに分かった。
自分の気持ちに気づいてたから、いつも以上楽しみになっていった陽日先生の授業。どんな些細な事でさえ、先生の事は大切な思い出。
皆に分け隔てなく贈られる笑顔に、心が和やかになっていった時の気持ち。
想いが伝わってから、皆の目を盗んで目を交し合う胸が弾む気持ち。

二人きりで秘密で逢った時の甘くて、離れがたくて、もっともっと二人っきりで居たくなる気持ち。
全てが全て、私の大事な思い出だった。
だって、私は陽日先生への想いを無かった事に出来なかったから。

(陽日……先生……っ)

どんな気持ちで、これを綴ってくれたのだろう。
陽日先生にとっては、もしかしたら普通の所作と同じようにやったのかもしれない。でも、私にはこの付箋が何にも変えがたい宝物に見える。
今、隣に居ない陽日先生の事を思うだけで、すぐに溢れてくる涙。携帯のアドレスを開いて、もう、決して繋がりを持ってはいけない陽日先生の登録画面を開いた。

大好き、大好きです……。
いつかはまた陽日先生の隣で、一緒に歩み寄る事ができますか?

怖くて前に進めなくなる。でも、あなたの隣に居る自分を想像して、その怖さを押しのけて行けたらと。

――私には進む事しかないのだから。



何かが吹っ切れた気がした途端、ようやく舞い戻ってきた自分の色。
大きく深呼吸をした後に、もう一度陽日先生からのメッセージを見ると、私は涙の跡を消すように拭っていった。






その二日後、私は少し気だるい身体を起して学校へと向かっていった。
あの次の日には、自分でも驚くほどの回復力で、ぐんぐん熱も下がっていった。
陽日先生からのメッセージを生徒手帳へ挟み込み、お守りとして制服のポケットに入れる。それだけで、今日も一日元気で居られそうな気がする自分は、かなり単純なのかもしれない。

ホームルームも終わり、今日は誰の罠にも引っかからずに見事に無事勝利した陽日先生は、粟田君達の悔しそうに顔に笑顔を見せ、意気揚々と教室を出て行こうとしていた。


「陽日先生、あの……」

「よ、よお、夜久。元気になったのか?」

「はい、もう大丈夫です」

まだ以前のような会話は出来ないものの、それでも一昨日までの私とは違い、そこに気落ちした感情は沸き起こらなかった。

「よかった!五日も休んだから、先生も心配したんだぞ!」

「ご心配おかけしました」

大げさなリアクションの陽日先生に何度か頭を下げて謝った。普通の先生と生徒に戻った私達を怪しんでいる人は、果たしてクラスの中にいるのだろうか。

「まぁ、数日はとりあえず、安静にしとけよ」

「はい……あ、陽日先生」

そのまま去ろうとしていた陽日先生の足を止め、振り向いてきた先生に言葉を投げかける。

「のど飴、ありがとうございました」

何の事だ?と、はぐらかされてしまってもいい。それでも、どうしても言いたかったのだ。
それは私が持ちたかった先生との小さな繋がりだったから。
一瞬止まった私と先生の間の空気は、次には違うように動き出す。

「あ、いや……うん。お大事にな!」

少し頬を赤くして、背を向けていった陽日先生を私は笑顔で見送った。



陽日先生、貴方の事が大好きです。
だから、どうか……どうか、いつか貴方と共に、貴方と一緒に歩ませてください。


温かな気持ちを胸に秘め、未来へと繋がるその日を私は願い続けた。





そしてあざやかに、また
2009/09/26
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